詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

スコット・クーパー監督「ファーナス 訣別の朝」(★★★★★)

2014-10-13 22:47:52 | 映画
監督 スコット・クーパー 出演 クリスチャン・ベール、ウッディ・ハレルソン、ケイシー・アフレック、フォレスト・ウィテカー、ウィレム・デフォー、サム・シェパード


 まったくむだのない映画だ。
 冒頭、ウッディ・ハレルソンがドライブ・イン・シアターで女性に乱暴する。それをとめに入る男を殴ってウッディ・ハレルソンは消えてしまう。「説明」がない。ただ緊迫感だけがある。その緊迫感が最後までつづく。一瞬のゆるみもない。
 ストーリーは「ディアハンター」と似通ったものを含む。イラン戦争で精神を荒廃させて帰郷した弟。かれが裏社会とかかわる。そして殺される。兄(クリスチャン・ベール)がその復讐をする、という展開。途中に鹿狩りのシーンも出てくる。クリスチャン・ベールは撃てるのに鹿を撃たない。そういうシーンもある。(これは、最後の「伏線」になっている。)
 このストーリーを、アメリカの製鉄所(?)のある街を舞台に展開する。製鉄所しかない街の荒廃した感じ。荒廃しているが、そこに生活があるので、生活の美しさもある。製鉄所の建物も、その吐き出す煙も、生きている。つまり美しい。むだがない。街並みも豪華ではないがしっかりと大地に食い込んでいる。みんなが、そこで「地道」に生きている。アメリカの「地方」が、そしてそこに生きている人の「生き方」がしっかりと描かれている。
 裏社会すら、何か「地道」という感じがする。やっている取り引きにドラッグが含まれるのはもちろんだが、主力(?)が殴り合い(リングのないボクシング)の賭であるのも「地道」さを感じさせる。裸の、素手の闘い。頼るものは「肉体(精神力)」だけ。この切り詰めた感じがとてもいい。
 マイケル・チミノの「ディアハンター」には結婚式の長いシーンがあったが、この映画にはそういうむだがない。映画というのはいい映像が撮れてしまうと、どうしても長くなる。(スピルバーグの「プライベイト・ライアン」もいい映画だが、冒頭がどうしても長くなってしまっている。私は、そういういいシーンにひっぱられる形で変質していく映画、ストーリーから逸脱してしまう映画に酔ってしまうタイプの人間だけれど……。)この映画は、その長くなるところを、すぱっと切って捨ててしまっている。そのために、緊迫感にゆるみがない。おそらくたくさんのシーンがカットされ、捨てられているのだと思う。あまりの緊迫感に、感覚がどんどん覚醒されていく感じがする。
 弟思いの兄が裏社会に復讐するという男臭い映画の中にあって、瞬間的に恋愛も描かれる。それもすぱっとしている。クリスチャン・ベールが女と別れる橋の上のシーンが美しいし、新しい恋人(フォレスト・ウィテカー)がクリスチャン・ベールに対して「俺たちは熱烈な恋愛感情で結ばれているわけではないが、静かに結びついている」と語るシーンも切ない。忘れられない。サム・シェパードが蘭の花を手入れしている一瞬のシーンもいい。それはクリスチャン・ベールの父が愛していた花であり、いわば「家族」の美しさの象徴なのだが、くだくだと説明をしないところが、実にいい。
 クライマックスの製鉄所(廃墟?)のシーンも鮮やかだ。逃げ込んだウッディ・ハレルソンをクリスチャン・ベールが追っていくのだが、そこはクリスチャン・ベールが幼いときに弟と遊んだ場所。建物の構造が分かっている。だから、ウッディ・ハレルソンの「逃げ道」も見当がつく。つまり、そこで生きてきた人間の「地の利」のようなものがある。追いかけていても、何も迷わない。動きがシンプルになる。これが緊迫感を高める。
 最後の最後、クリスチャン・ベールがライフルを構えるシーンも、途中の鹿に照準を合わせながら引き金を引かなかったシーンがあるために、緊迫感が高まる。観客が、このまま引き金をしかないのではないのか、いや、鹿は撃たなかったが弟を殺したウッディ・ハレルソンは殺すにちがいない。そんなことはない。殺すならもっとチャンスはあった。わざわざ警官が「止めろ」と言っている(目撃している)ところで射殺するはずがない。それではしかし復讐にならない……映像は何も説明しないのに、観客がかってに「意味(感情)」を充実させる。
 これは、すばらしい。
 映画にかぎらず、作者があれこれ説明するよりも、観客があれこれ思う方が作品が充実する。観客は監督の説明など聞きたくない。その場にいる人間(そのとき起きている事件を目撃している人間)として、何かを感じたい。主人公になってしまいたいのである。この映画は、観客を主人公にしてくれるのである。
 このラストにかぎらず、先に書いた恋人と別れる橋の上のシーン、フォレスト・ウィテカーのことばを聞くシーンでも、観客は、そこでは口にされなかったクリスチャン・ベールの「こころ」を自分の声で、自分の肉体の中から聞きとる。クリスチャン・ベールになってしまうのだ。そういう観客の「思い」を吸収して動くクリスチャン・ベールの演技もまたとてもとてもすばらしい。
                        (2014年10月14日、中州大洋4)


映画パンフレット 「クレイジー・ハート」 監督/ スコット・クーパー 出演/ジェフ・ブリッジス
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リチャード・カーティス監督「アバウト・タイム 愛おしい時間について」(★)

2014-10-13 09:56:05 | 映画
監督 リチャード・カーティス 出演 ドーナル・グリーソン、レイチェル・マクアダムス



 映画に副題がついている。そして、それが「説明」になっている。「意味」を説明している。「意味」しか残らない、つまらない映画である。
 唯一の見どころは、既視感はあるものの、雨(嵐)の日の結婚式と披露宴。屋外での披露宴は、一応テントはあるが、風が吹き荒れ、テントが飛ぶ。あるいはテントの上に降り積もった雨の重さのために天幕が破れる。みんな水浸しである。人生の「晴れの日」が台無しである。けれど、このときのみんなの大はしゃぎがとても楽しい。雨にずぶ濡れになって、キャーキャー騒ぐというのは、こういう時しかできない。役者も演技でやっているのか、楽しんでやっているのがわからない。影像の情報量がとても多いのだけれど、うるさいとは感じない。にぎやかだ。雨なのに、光も明るい。
 イギリスだねえ。
 気候の激変がイギリス(ロンドン)というよりも、気候なんて変化するのが当たり前。それを楽しむ、というのがイギリスだ。だいたいイギリス人は遊びが得意だね。そしてそれも理不尽なゲームが多い。サッカーは手を使ったら反則で日頃はつかわない足でボールを動かす。ラグビーは前にゴールがあるにもかかわらずボールは後ろへしか投げてはいけない。ゴルフはバンカーや池という障害物がある。「簡単」をさけて、「無理」をする。その「無理」をするということがイギリス人は大好きなのだ。
 ユーモアというのも、それだね。だれだって自分をよく見せたい。けれど、ちょっと「無理」をして自分を客観化し、自分を笑って見せる。「無理」によって人間が育つ、ということを本能として知っている国民なのだ。
 で、そういうイギリス人が、自分の都合にあわせてタイムスリップして、人生を時々やりなおす。そういう「簡単」な生き方をする映画。「無理」をしない。女とのセックスがうまくいかなかった時は、セックスを始める前に戻って、もう一度やりなおす。何度も、気に入るまでやりなおすという安直な感じ。コメディーとしてはそれでいいんだけれど、ね。
 でも、そういう「簡単」ができるんだったら、なぜ、雨の日の結婚式と披露宴? 日にちを決める日に戻って、そこからやりなおせば晴天の日の結婚式、披露宴ができるのに、なぜ? 変でしょ?
 そして、この「変」を突きつめていくと、この映画のテーマ(意味)にもなる。
 主人公の男とは最後に、自分は父親を超えた、というようなことをナレーションで語る。過去に戻って人生をやりなおすのではなく、何が起きてもそれを受け入れて、楽しむ。タイムトラベルの能力をつかわなくても人生を充実させて生きることができるようになった、と語る。
 で、その「唯一」の何があってもそれを受け入れて楽しむ--という最初のシーンが結婚式だった。披露宴だった。そのシーンが充実していたのは、それがこの映画のテーマとつながっているからであり、またイギリス人の肉体(思想)にぴったりだったからだ。
 この映画は、最後に主人公のナレーションがないとなんのことかわからないデタラメ映画に終わってしまう。ナレーションがこの作品を成り立たせているのだが、こんなナレーション頼みの作品なんて、私は映画とは呼びたくない。「説明」なんかには感動できない。
 タイムトラベル能力があるなら、映画を見る前の時間に戻って別の映画を見た方がいい。
                        (2014年10月07日、天神東宝4)



 


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調和

2014-10-13 00:04:35 | 
調和

長距離列車の、通路をはさんだ数列前の席で
彼が本を読んでいる。

同じ光景を見たことがある。
夕日が窓から入ってきて、その黄色い光が長い間とどまっていた。

私が本を読みながら、
彼を見ていることを彼は知らないだろう。

入ってきた光が動き、彼の輪郭に静かな影をつくった。
本の余白に私がメモしたことも。





*



新詩集『雨の降る映画を』(10月10日発行、象形文字編集室、送料込1000円)の購読をご希望の方はメール(panchan@mars.dti.ne.jp)でお知らせください。
発売は限定20部。部数に達し次第締め切り。
なお「谷川俊太郎の『こころ』を読む」(思潮社、1800円)とセットの場合は2000円
「リッツッス詩選集」(作品社、4400円、中井久夫との共著)とセットの場合は4500円
「谷川俊太郎の『こころ』を読む」「リッツッス詩選集」「雨の降る映画を」三冊セットの場合は6000円
です。
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