詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

スティーブン・スピルバーグ監督「ブリッジ・オブ・スパイ」(★★★★★)

2016-01-10 20:28:14 | 映画
監督 スティーブン・スピルバーグ 脚本 ジョエル&イーサン・コーエン 出演 トム・ハンクス、マーク・ライランス

 コーエン兄弟の脚本がとてもスムーズ。三つの場所(言い換えると三つの時間)が交錯し、最後に一つになるのだけれど、最初から「同時進行」的な感じ。別々なことがらが最初から緊密に関係している印象が強い。実際、そこで起きていることは「同じこと」なのである。
 で、その「同じこと」に、日本のいまも重なる。前半。トム・ハンクスがマーク・ライランス(うまい!)の弁護を引き受ける。そのときの「市民」の反応が、いまの日本を連想させる。「論理」にしたがうのではなく、「感情」(不安)が動いている。ソ連はアメリカの敵、弁護するなんて許せない。ソ連はアメリカを攻撃してくるかもしれないのに……。
 これに対して、トム・ハンクスの演じる弁護士は「憲法」をよりどころにして自説を譲らない。権力の暴走に抵抗する。安倍が憲法を「解釈」でかってに変更するのと大違い。憲法こそがアメリカのよりどころ、アメリカ人である証拠。自分が立つ場。「理念」こそ、人間のよりどころ、というわけである。
 「理念」というものは、もちろん現実のなかで動かせないと、意味がない。トム・ハンクスは、相手と交渉するときに、「その理念を動かしつづけるときに、現実はどうかわるのか」と問う。
 これが、なかなかおもしろい。
 特に、マーク・ライランスに対して「死刑」を宣告しそうになる判事への説得がいいなあ。「もしもアメリカのスパイがソ連につかまったとき、その釈放を求めるときの交換条件としてつかえるのではないか。死刑にしてしまったら、そういう切り札を失うことになる」。ひとを自分の感情の対象とするのではなく、ひとをどのようにつかうことができるかを考える。
 で、ここから、トム・ハンクスの弁護士の「思想」がくっきりと浮き彫りにされはじめる。
 ひとと交渉するとき、ひとは何のためにそうしているか。言い換えると、そのひとの本意で動いているか、誰かにつかわれているかを見る。つかわれているのだとしたら、そのつかい方(つかわれ方)に対して直接反応するのではなく、別の「つかわれ方(つかい方)/動き方」を提案する。人間の「理念」とそのひとを結びつけながら、「理念」の方へぐいと押しやる。
 ドイツとの交渉の部分が象徴的だ。交渉相手が外出してしまう。それを告げに来た若い秘書(?)をつかまえて、伝言を頼む。若者はまだ「外交術」に染まっていない。「理念」が色濃く残っている。その「やわらかいこころ」に切々と訴えかける。「この交渉だけではなく、それが将来的に何を引き起こすか、理念をもって判断して行動してほしい」と伝えてほしいと言う。(あ、もっと、具体的なんだけれど、台詞が思い出せないので、要約した。)
 ことばのアクションというのか、「理念」のアクションというのか、よくわからないが、コーエン兄弟の、切り詰めた、この「ことば(台詞)」の動きが、とてもいい。アクロバティックな肉体のアクション、CGのアクションではあらわすことのできない「緊張」を生み出している。
 このことばのアクションを際立たせるように、トム・ハンクスも「肉体」をぐいと抑えて演技している。マーク・ライランスは、トム・ハンクス以上に、その抑制が効いていて、見とれてしまう。
 マーク・ライランスは、トム・ハンクスに何度か「不安じゃないのか」と聞かれる。それに対してマーク・ライランスは「不安が何かの役に立つのか」と聞き返すのだが、これが彼の生きてきた厳しい状況を強く浮かび上がらせる。「不安」に向き合って、感情を動かしている余裕などない。彼の「行動理念」のなかに「不安」という感情が入り込む余地はないのである。
 うーん。
 ジェームズ・ボンドやジェーソン・ボーンのように派手に動かない。まるで気弱な市民。絵が好きな老人。その静かさのなかに、強い「理念」が生きている。
 これに比べると(比べられると損だなあ)、トム・ハンクスはまるでヘンリー・フォンダ。アメリカの良心。それはそれでいいけれど、あ、マーク・ライランスの引き立て役になっている、と思ってしまう。主役なのに。とてもうまいのに……。
 カメラもいいなあ。「時代」を感じさせる。(この時代のアメリカやドイツを実際に見たことはないのだが。)色が落ち着いている。アクションの切り取り方(地下鉄の追跡シーン)も人間臭い。カメラが演技しすぎない。ひとをちゃんと動かし、それを撮っているのも、なんとなくなつかしい感じで、落ち着きがある。
 スピルバーグというと、どうしても「アクション映画」というか、「映像のアクション」(肉体を刺戟してくる映像)を思ってしまうが、今回は「ことばのアクション」「理念のアクション」に焦点をしぼって、わーっ、美しいと叫んでしまうような「映像」を封印しているのも印象的だ。
 (「ことばのアクション」という点では、「リンカーン」も「ことばのアクション」の映画だったが、ダニエル・デイ・ルイスは「ことば」に語らせるというよりも、「声」でアクションをしていた。その点が、今回の映画とは違うね。)

                   (天神東宝スクリーン4、2016年01月10日)




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