自民党憲法改正草案を読む/番外9(核兵器先制不使用政策)
毎日新聞(2016年08月16日、デジタル版)が、次のニュースを報道している。
<安倍首相>核先制不使用、米司令官に反対伝える 米紙報道
【ワシントン会川晴之】米ワシントン・ポスト紙は15日、オバマ政権が導入の是非を検討している核兵器の先制不使用政策について、安倍晋三首相がハリス米太平洋軍司令官に「北朝鮮に対する抑止力が弱体化する」として、反対の意向を伝えたと報じた。
このニュースへの疑問点はふたつ。
(1)なぜ、アメリカの「核兵器の先制不使用政策」が「抑止力を弱体化する」ということになるのだろう。
核兵器を持っている国が、他国から核攻撃を受ける前に核兵器をつかわないこと、というのが「核兵器の先制不使用政策」ということだろう。
具体的には、アメリカは核兵器を持っている。しかし、たとえば北朝鮮がアメリカに対して核攻撃を仕掛けてこない限りは、アメリカは北朝鮮に核攻撃をしないというのが、「核兵器の先制不使用政策」。
では、「核兵器の先制不使用政策」をアメリカがとったとして、実際に核兵器をつかうのはどういうときか。
北朝鮮がアメリカに対して核攻撃をしてきた。それに対抗するためにアメリカが核攻撃をする。これは一種の「防衛」か。北朝鮮が戦争を仕掛けてきた。それに対して「防衛」するために北朝鮮に核攻撃をする。
こういう政策では「抑止力が弱体化する」というのは、どうしてだろう。
北朝鮮の核兵器がどれくらい持っているか私は知らないが、アメリカが持っている数よりは少ないだろう。その規模も小さいだろう。ということは、アメリカは北朝鮮が使用した核兵器より多くの核兵器、しかも強力な核兵器で北朝鮮に反撃できる。アメリカが受けた被害よりも大きな打撃を北朝鮮に与えることができる。被害の大小を言うことは核兵器の場合問題があるが、核兵器戦争の場合、どうみたってアメリカが北朝鮮に勝つ。
そうわかっていれば、それは「抑制力」として十分に機能するのではないか。
だいたい、アメリカや北朝鮮は、何のために核武装するのか。自国を守るため(他国に核兵器を使用させないため)ではないのか。
先に核兵器を使用する権利を放棄すると自国の平和が守れないというのは、戦争を仕掛けてくると予想できる国に対して先に攻撃を仕掛けないと自国の安全を守れないというのに等しい。
安倍の論理は、核兵器だけでなく、他の兵器についても同じように適用されるだろう。安倍は「核兵器」だけではなく、他の武力しようについても、同じように考えているのではないだろうか。
つまり、自分の国に対して攻撃を仕掛けてくるかもしれない国に対しては、先に攻撃する権利を残しておく必要がある。攻撃されたから反撃するという方法では安全は守れない。「武力の先制不使用」では「戦争の抑止力が弱体化する」という主張につながる。
こういう「論理」では、どうしても先に攻撃しなければいけない、という「結論」になってしまうだろう。
日本にこれをあてはめると「自衛隊(専守防衛)」では「戦争の抑止力が弱体化する」という「論理展開」にならないか。
そこでふたつめの疑問。
(2)この「専守防衛(自衛隊)」では「戦争の抑止力が弱体化する」という「論理展開」を「自民党憲法改正草案」にあてはめるとどうなるだろうか。
第九章緊急事態
第九十八条
内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
ここに書かれている「我が国に対する外部からの武力攻撃」とは基本的には「我が国に対する外部からの武力攻撃を受けたとき」と読むのだと思う。「内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害」というのも、そういうことが「起きたとき」と読むのだろう。
しかし、明確に「受けたとき/起きたとき/発生したとき」とは書いていない。
読み方によっては「受けると予想できたとき/起きると予想できたとき/発生すると予想できたとき」と読むことができる。
そして、あらゆる「対処」というのは、それが発生したあとで進めるよりも、発生する前に「対処」する方が効果的である。
たとえば「津波」が発生する。津波が陸地に押し寄せ、被害をもたらすまえに、津波の発生を迅速に伝え、住民の避難を促し、人的被害を最小限におさえることが大事だ。津波の発生が予想された段階で「緊急事態」を宣言し、強制的に住民を避難させる方が効果的である。
同じように、「戦争」も、攻撃を受けてから対処するよりも、受ける前に対処する方が効果的ということになるだろう。安倍は、そう読みたい願望を持っていると、私は思う。
「核兵器の先制不使用政策」に反対というのは、「核兵器の先制使用」に賛成ということであり、核兵器の攻撃を受けるかもしれないと予想できるなら、先に核攻撃をし、相手に核攻撃をさせないという「対処」方法をとるべきだということであり、それは通常の兵器(武力)についても同じ。
「自衛隊」(専守防衛)では、安全を守れない。「戦争の抑止力にならない」と考える人間なら、当然、そう考えるだろう。
こういう場合、「予測」がとても重要だ。
何によって、たとえば北朝鮮が日本に攻撃を仕掛けてくると予測、判断するか。
そのとき「根拠」とされたものが「嘘」だったら、どうなるのだろう。(アメリカのイラクへの武力攻撃は、イラクが大量破壊兵器を持っているという間違った情報=嘘によって引き起こされた。)どこかの国が日本に攻撃を仕掛けてくる、という嘘をでっちあげて、その国へ戦争を仕掛ける危険がここにある。戦争が内閣総理大臣の判断次第で引き起こされる危険がここにある。
「危険事態」については、内閣総理大臣の権限の強化や、運用次第で選挙がなくなるという問題が指摘されている。そういう「見えやすい」部分を指摘するだけではなく、「我が国に対する外部からの武力攻撃」というのが「受けたとき」なのか、「受けると予想されるとき」なのか、明確にしていない。つまり、その「適用」が内閣総理大臣の「恣意」次第になってしまっているということも、問題にしないといけない。
いや、こちらの方が重要かもしれない。
ほんとうに戦争が起きたあとでは、だれだって殺されたくない、死にたくないという気持ちが優先して、命を守ってくれるひとの方にすりよってしまう。
現行憲法では、前文に、こう書いてある。
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
戦争は「政府の行為によつて」「起る」ものなのである。政府が「「我が国に対する外部からの武力攻撃」を受けると判断し、それに対して「専守防衛(武力の先制不使用)」ではなく、「先制攻撃(武力の先制使用)」をするとき、戦争は引き起こされる。
「核兵器(武力)先制不使用政策」に反対をとなえるということは、「先制使用」することについての「歯止め」の放棄である。
安倍は、戦争がしたくてしたくてしようがない人間のように、私には思える。
安倍は広島原爆の日に「核兵器のない世界に向け努力する」というようなことを言ったはずである。それはただ言っただけである。「TPP絶対反対」と同じように、「そんなことは一度も言ったことない」という一言で片づけてしまうだろう。
いま起きていることを、現行憲法の視点、あるいはいままでつづいてきた自民党の政策との整合性から批判するだけではなく、安倍のやっていることは「自民党憲法改正草案」の先取り実施なのだという点から見つめ、「改憲草案」の問題点を指摘し続けることが必要なのだと思う。そうしないと、すべてが「既成事実」になってしまう。「既成事実」にあわせて「憲法を改正する」、つまり「現状追認の憲法」を誕生させてしまうことになる。
そんな危険性を今回のアブの発言から感じた。
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