詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

蚊帳の外?

2017-07-05 22:02:58 | 自民党憲法改正草案を読む
蚊帳の外?
               自民党憲法改正草案を読む/番外103 (情報の読み方)
 2017年07月05日の読売新聞夕刊(西部版・4版)の一面。

北ミサイル/米、ICBMと断定/国務長官「脅威 新段階に」/安保理あす緊急会合

 という見出し。4日に北朝鮮が発射したミサイルが大陸間弾道ミサイルだったとの認識をアメリカが示したというニュース。
 このニュースで、私が注目したのは、北朝鮮の技術力でも、アメリカの対応でもない。この「事実」に対する日本政府の対応である。
 他の新聞はどう伝えているか知らないが、読売新聞は「見出し」なしで、こう書いている。

 菅官房長官は5日午前の記者会見で、北朝鮮が発射したミサイルについて「諸情報を総合的に勘案すれば、ICBMだった可能性が高い」と述べた。

 これだけである。
 05日の朝刊で、安倍がG20首脳会議や、それに合わせて行う日米韓首脳会談などを通じて、北朝鮮への圧力強化に向けた連携を呼びかける方針であると書いてはいるのだが。
 でも、もの足りないなあ。
 自衛隊に何かしろというのではないけれど。
 アメリカがICBMと発表した後、アメリカと日本との間で「協議」はあったの? なかったの?
 読売新聞は、1面で、同時に

米韓 ミサイル発射訓練

 という見出しで、こう書いている。

5日午前7時頃、韓国軍が北朝鮮を射程に収める地対地弾道ミサイル「玄武Ⅱ」、在韓米軍も同じく「ATACMS(陸軍戦術ミサイルシステム)」をそれぞれ発射し、1発目で目標に命中させることに成功した。

 で、わかること。
 ね、日本は(自衛隊は)、何の訓練もしなかったということ。
 ここで私が言いたいのは、自衛隊に訓練をしろということではなく、

そうか、日本は、米韓の訓練の「蚊帳の外」に置かれたのか、

 ということ。まあ、あたりまえなのだけれど。
 北朝鮮の狙いは、あくまでアメリカへの圧力。日本を攻撃するだけの技術なら、ずいぶん前に開発ずみ。それでも次々に実験をするのはアメリカを射程に収めるため。
 安倍は日本への脅威が増しているというけれど、北朝鮮のミサイルの射程が伸びても日本への脅威なんて増えない。むしろ、減ると言った方がいいかもしれない。アメリカを狙ってのミサイル開発に集中する分、近距離のミサイルは作らなくなるだろうから。
 日本は狙われるとしても、米軍基地があるとこすが中心になるだろう。
 その場合でも、北朝鮮は日本にある米軍基地を狙う前に、韓国にある米軍基地を狙うだろうなあ。近くにあるからね。だから、まず、米韓が共同で訓練をした。日本には声もかけない。声をかけている「時間(余裕)」がなかった、つまり、アメリカの「意識の外」にあった、ということだろうなあ。
 菅は、きのう言えそうなことを、きょうやっと言っている。
 5日の朝刊で、北朝鮮中央テレビが「ICBMの試験発射に成功した」と発表し、そのことが日本でも報じられているのだから。
 いまさら「諸情報を総合的に勘案すれば」という「呑気」なことしか言えないのは、アメリカの情報が日本に正確、迅速につたわっていないのではないか、という疑念を抱かせる。
 アメリカの世界戦略の、蚊帳の外に置かれたのではないか。
 アメリカは安倍政権を見限った?
 14日に開催予定だった「日米2+2」は延期された。日本側は、岸田がニューヨーク入りする17日の開催を打診しているが、

秋以降にずれ込む可能性もある。

 と、05日の朝刊2面に書いてある。
 ここからも、アメリカが日本のことを、単に米軍の基地がある国としかみていないことがわかる。
 アメリカに利用されるだけではない日本というものを目指さないといけないのだが、そんな構想は持ち合わせていなく、アメリカの行動をおろおろして見ているという安倍の姿が垣い間見える気がしたのは、私だけだろうか。

 自衛隊を「合憲化」したとしても、実際に戦争が起きれば自衛隊が独自の指揮権のもとで行動するということはないだろうなあ。米軍の指揮下に入るだけだろうなあ。つまり、米軍の代わりに北朝鮮と戦い、北朝鮮のミサイルがアメリカ本土を攻撃しないようにする。そのために日本が犠牲になってもいい、という「作戦」が展開されるだろうなあ。日本は巨大な防波堤である。この防波堤は、壊れてしまったところでアメリカには関係がないし、北朝鮮にも関係がない。北朝鮮は北朝鮮からミサイルを発射するのであって、日本から発射するわけではないからね。
 というようなことも、菅のコメントから感じてしまった。

 北朝鮮がICBMを完成させてしまったのなら、全く違った「戦術」というものを練り直さないといけないんじゃないのかねえ。日本が「武装」することで北朝鮮に対処するなんて、「古くさい」方法ではないだろうか。 



#安倍を許さない #憲法改正 #加計学園 #天皇生前退位 #稲田防衛大臣
 

詩人が読み解く自民党憲法案の大事なポイント 日本国憲法/自民党憲法改正案 全文掲載
クリエーター情報なし
ポエムピース
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジョセフ・L ・マンキウィッツ監督「イヴの総て」(★★★)

2017-07-05 15:08:52 | 映画
監督 ジョセフ・L・マンキウィッツ 出演 ベティ・デイビス、アン・バクスター

 うーん、映画を見ているというよりも「小説」を読んでいる感じ。
 台詞回しが、妙にくっきりしている。今の時代と比較してはいけないのだろうけれど、その影響もあるかもしれない。「声」が「演技」をする。もっとも、これは映画の舞台が「舞台」だからかもしれない。舞台は「声」が勝負だからねえ。
 映画としておもしろかったのは、ベティ・デイビスの芝居のポスター。ベティ・デイビスは目と唇に特徴があるが、それを漫画化したポスターが、なんといえばいいのか「漫画」特有の「似顔絵」なのである。
 それと、最初にアン・バクスターが登場するシーンのレインコートもなかなかいい。背中を壁につけて立っていたのだろう。肩甲骨のところが黒くなっている。そこに「リアリズム」が発揮されている。
 あとは「会話(ことば)」のやりとり、騙しあいというか、見栄の張り合いみたいな感じ。
 これは「舞台」で見れば、おもしろいのかもしれない。
 ことばで自己分析したり、他人を分析したりする。そして、その「分析」のなかに溺れてしまうようなところもある。舞台だと、映画の中に出てくる台詞ではないが、ことばが炎になり、音楽になり、空間を飛び交うということになるのだが。
 映画は、「ことば」を聞かせるものではない。
 それに映画というのは、人間の顔を「拡大」してみせるもの。「拡大」された表情の細部に「感情」を読み取るもの。
 でも、こんなに「ことば」がくっきりしてしまっては、「拡大された顔(表情)」に「感情」を感じ取る前に、「意味」がことばといっしょに走り回ってしまう。
 「意味」が好きな人はいいかもしれないが、私は「意味」に興味がないので、この「複雑」に入り組んでいく「人間関係」が、どうもみていて面倒くさいものに感じてしまうのである。
            (中洲大洋、午前十時の映画祭8、2017年07月03日)


 *

「映画館に行こう」にご参加下さい。
映画館で見た映画(いま映画館で見ることのできる映画)に限定したレビューのサイトです。
https://www.facebook.com/groups/1512173462358822/

イヴの総て [Blu-ray]
クリエーター情報なし
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

厳粛の意味は?(質問の仕方)

2017-07-05 15:03:24 | 自民党憲法改正草案を読む
厳粛の意味は?(質問の仕方)
               自民党憲法改正草案を読む/番外102 (情報の読み方)
 東京都議選の結果を受けて、稲田がインタビューに答えていた。プールのサウナでちょっと見ただけなので正確ではないかもしれないが。

厳粛に受け止める

 を繰り返していた。そのあとは、いつものとおり「職務を全うする」云々。
 「厳粛」の意味がわからない。
 たぶん、質問している記者もわからないから何度でも聞くのだと思うが。
 少し、視点をかえて質問することはできないのだろうか。

厳粛というのは、具体的にはどういうことです?
たとえば、自民党が大敗するとわかっている(わかっていた)のに、かつて辞任させた大臣を呼んで、フランス料理をいっしょに食べながら話し合うというのは、稲田大臣の「厳粛」という定義にしてはまりますか?

 さて、稲田はなんと答えるだろうなあ。

 もし、そういうことが「厳粛」な行動だとして。
 そして、そこできちんとした「反省」が語られたのだとして。
 そういうような「意味」に通じることを稲田が言ったのだとして。
 そのときは、

では、その「厳粛」なつどいに、稲田さんが呼ばれないのはどういうわけですか?

 くらいは聞き返してほしい。
 答える方もテープレコーダーみたいだが、質問する方もテープレコーダー。

* 

 加計学園問題については、12日に国会の「閉会中審査」が開かれる。疑惑の中心にいる安倍はヨーロッパ「外遊」中(読売新聞2017年07月05日朝刊、西部版ほ14版、4面の「当面の政治日程という表の中の表現)なので出席しない。
 安倍は、日本国「外」で「遊」んで、知らん顔。「加計学園で質問されるのが嫌」という声に配慮して、では、ヨーロッパで「遊んできて」ということか。
 読売新聞の「日程表」によると、衆院委員会の米国視察やら、国対委員会のヨーロッパ視察やらが切れ目なくつづいている。
 そういこともあり、「閉会中審査」は1日だけである。
 疑惑が深まったたら、どうするのか。どうしても安倍に確認しないといけないことができたら、どうするのか。
 「視察」は、別の日でもいいのではないのか。変更できるのではないのか。
 飛行機やホテルの予約が、ということもあるかもしれないが、「視察」でかかる経費維持言うの金が加計学園のまわりで動いているのではないのか。
 どっちが重要?
 「厳粛」な姿勢で向き合わないといけないのは、何?

 「閉会中審査」を開いた、前川を参考人招致として呼んだ、という「実績」だけで、疑惑追及に蓋がされてしまいかねない。
 ここで野党が、だれに、どんな質問をするのか、そのことに注目したい。


#安倍を許さない #憲法改正 #加計学園 #天皇生前退位 #稲田防衛大臣
 
詩人が読み解く自民党憲法案の大事なポイント 日本国憲法/自民党憲法改正案 全文掲載
クリエーター情報なし
ポエムピース
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ことばと責任

2017-07-05 00:19:26 | 自民党憲法改正草案を読む
ことばと責任
               自民党憲法改正草案を読む/番外101 (情報の読み方)

 東京都議選の安倍の応援演説、「こんな人たちに負けるわけにはいかない」めぐって、いろいろな意見が出ている。
 菅はこの発言に対して、いつものように「問題ない」と言っている。「民主主義国家なのだから選挙応援の発言は自由。縛ることなどあり得ない」とも。
 もちろん「発言は自由」。
 国民を「ばか」と呼ぼうが、「間抜け」と呼ぼうが、それは安倍の自由。
 だが、どんな発言にも「責任」が伴う。
 それを忘れてもらっては困る。
 「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言って安倍が応援した自民党の候補は落選した。自民党の議席が大幅に減った。つまり、「負けた」。このことは、だれもが知っている。
 安倍は、その責任を取るべきである。自民党総裁を辞任し、内閣総理大臣も辞めるべきである。

 「こんな人たち」とは安倍に対して「安倍帰れ、安倍やめろ」と叫んだ人たちである。この人たちを、前横浜市長の中田宏は「組織的活動家」と呼んだ。「肯定」したのではなく、「否定」する意味で、そう呼んだ。
 しかし、民主主義の運動において、「組織的活動家」は欠かせない存在である。
 権力を批判するには「組織」が必要だし、組織には組織をリードする人が必要である。
 自民党も「組織」だし、それをリードする安倍は「組織的運動家」である。そこに集う自民党員も「組織的運動家」である。「公明党=創価学会員」も同じだ。
 自民党も公明党も「組織的運動家」であって、独立した個人の運動家(政治家)ではない。国会で議案に対して投票するときは「党議決定」で行動を縛っている。
 だれもが運動には組織が必要であることを知っている。徒党を組んでいる。
 それを無視して、安倍を批判する人間だけをとらえて「組織的活動家」と呼んで、いったい何を「批判」するつもりなのだろう。

 稲田の「自衛隊としてお願いする」も、あまりにも「過小評価」されている。公職選挙法に違反する程度の問題ではない。
 自衛隊は武装集団である。武装した組織である。武装組織が「お願いします」と言うとき、それは「お願いします」ではないだろう。武装した自衛隊に囲まれて、「自民党議員への投票をお願いします」と言われたら、恐怖を感じない人間がいるだろうか。これは、脅しである。国民を恐喝したのである。防衛大臣として、恐喝したのである。

 稲田が「自衛隊」をつかって国民を恐喝した。安倍が「こんな人たち」と国民を侮蔑した。
 これに対して国民(東京都民)は、素手で、ことばで立ち向かった。投票という「平和的手段」で意思を表明した。そこに「組織的活動家(リーダー)」はいたかもしれないが、「党議決定」のような「拘束力」をもった「指示」はない。国民(都民)はひとりひとりの判断で投票した。責任をもって議員を選んだ。その結果、自民が敗れた。
 国民(都民)がほんとうに勝ったのかどうかは、小池都政の行方をみないと判断できないが、現時点で自民党が負けたことは確かである。

 負けたことに対する「責任」を安倍は、しっかりと取るべきである。負けた理由を、しっかりと国民に説明すべきである。負けたときに何もいわなくていいのは、勝負の前に何も言わなかった人間だけである。言った限りは、最後まで「ことば」で、何が起きたのか説明すべきである。
 「組織的活動家」のリーダーが「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と言い、「組織運動」をした。演説のときも、自民党の関係者が旗を持って活動していた。「安倍やめろ」の横断幕を必死になって隠そうとしていた。その「組織」が負けたのである。
 安倍は責任を取るべきである。
 安倍はいろいろな発言をするが、その発言を実行したことは一度もない。いまこそ、実行すべきである。発言に責任をとるべきである。



#安倍を許さない #憲法改正 #加計学園 #天皇生前退位 #稲田防衛大臣
 
詩人が読み解く自民党憲法案の大事なポイント 日本国憲法/自民党憲法改正案 全文掲載
クリエーター情報なし
ポエムピース
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする