詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

愛媛県文書(その3)

2018-04-13 11:08:36 | 自民党憲法改正草案を読む
愛媛県文書(その3)
             自民党憲法改正草案を読む/番外207(情報の読み方)

 2018年04月13日の読売新聞(西部版・14版)の2面。

加計問題/面会文書 農水省にも/愛媛県から渡されたか

 という見出しの記事がある。農水省は獣医師の国家試験を所管している。だから愛媛県側が、関係省庁である農水省に渡したとみられる、と書いてある。
 では、愛媛県側は、農水省に「どの部分」を読ませたかったのか。これが問題だ。
 柳瀬文書の最初にある「首相案件」はもちろんだが、他の部分も大事だ。

(1)獣医師会には、直接対決を避けるよう、既存の獣医大学との差別化を図った特徴を出すことや卒後の見通しなどを明らかにするとともに、(後略)


 大学のカリキュラム、卒業後の進路に大学側が配慮する。獣医師が増えて、すでに開業している獣医師の活動の圧迫にならないようにする、ということを大学に「確約」させる。そういう「動き」を文科省とのあいだにやっている。
 その報告である。
 これについては、愛媛県側は、たぶん働きかけができない。大学のカリキュラムは文科省、獣医師試験は農水省の管轄。愛媛県は口をはさむことができない。
 でも、こう進んでるんですよ、と加計学園(あるいは文科省)にかわって、農水省に報告している。

(2)加計学園から、先日安倍総理と同学園理事長が会食した際に、下村文科大臣が加計学園は課題への回答もなくけしからんといっているとの発言があり、その対策について意見を求めたところ、今後、策定する国家戦略特区への取組状況を整理して、文科省に説明するのがよいとの助言があった。

 これは、加計学園側の学部開設に関する「意識」の低さが、文科省と愛媛県側で共有することになる。加計学園の対応は不備だらけだが、文科省が問題点を指摘して改善を進めている。だから、農水省も、加計学園に問題があることを踏まえて対処してほしい、ということ。問題があるけれど、「首相案件」であることを認識してほしいというのである。

 なぜ、こんな「文書」を農水省に渡すのか。
 もちろん「安倍案件」であることを認識してもらうこともあるが、これは愛媛県側から言うようなことではない。安倍が農水省に言うことである。いわなくてもだれかが農水省に伝えている。だから、「安倍案件(首相案件)」は、一種の「だめ押し(念押し)」にすぎない。
 ほんとうは(2)の部分が問題だからだ。
 もし、加計学園の学部新設要請書類に問題があり、新設が認められないことがあっても、それは農水省の責任ではない、愛媛県の責任ではない、ということを「共有」したかったのだ。失敗したときの「保険」だ。

 今度は、逆に考えてみよう。
 この文書を農水省側が「保管」していたのは、どうしてだろう。
 農水省が「保管」しているのは、問題が起きたとき「首相案件だから」と言い逃れるため。首相案件なら、そうするしかなかった、と言い逃れるため。これは「保険」なのだ。獣医師会が苦情を言ってきても首相案件だったから、と責任逃れができる。
 だれだって納得できない仕事を押しつけられたとき、その結果問題が起きそうだと思ったら、「証拠」を残しておく。
 愛媛県は加計学園のヘマ(学部開設に必要な準備ができない)を恐れ、それに通じる「文言」のある「文書」を残した。農水省は、愛媛県文書にある「首相案件」と文言、文科省が加計学園を指導していることを伺わせる文言があるから、「文書」を「保管」した。「責任逃れ」につかえると思っている。

 ここから、さらに「推測」ができること。
 同じ文書はきっと文科省にもある。
 すでに前川が「総理の意向」云々というような文書(簡単なメモ)の存在を明らかにしている。そのメモは、今回の愛媛県文書とつながっている。
 前川が問題提起をしたあと、文科省は急いで文書を廃棄したかもしれないが、だれかが愛媛県の文書を残している可能性はある。
 加計学園獣医学部が「国家戦略特区」にふさわしくない大学であると判断されたとき、どうして学部新設を認可したのかが問題になる。そのとき、文科省はどう説明できるか。「首相案件」だったから、と言い逃れができる。

 「首相案件(総理の意向)」というのは、上から下への「伝達」を強制すると同時に、下のものが「責任逃れ」をするときの「防護壁」にもある。「私は命じられてやっただけ」という「開き直り」の武器にもなる。「開き直り」を「保身」と言うのだけれど。
 安倍はすべてを「トカゲのしっぽ切り」ですませようとしているが「トカゲのしっぽ」は「しっぽ」で生き残り策を探る。




#安倍を許さない #憲法改正 #天皇退位 
 


*

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詩人が読み解く自民党憲法案の大事なポイント 日本国憲法/自民党憲法改正案 全文掲載
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三上寛「ぼうしをかぶる犬」

2018-04-13 09:47:09 | 詩(雑誌・同人誌)
三上寛「ぼうしをかぶる犬」(「gui」113、2018年04月01日発行)

 「gui」113は藤富保男追悼号。
 三上寛「ぼうしをかぶる犬」がとても楽しい。おかしい。おもしろい。「追悼詩」を、楽しいとかおもしろいと言ってはいけないのかもしれないが。でもユーモアを大切にしていた藤富に対してなら、おかしい、という感想が漏れる「追悼詩」がふさわしいと言えるかも。

 藤富先生は帽子をかぶっている。
「人間だけ帽子をかぶるのは、どうしてだろ
う。犬は帽子をがぶりませんよね」と私に同
意を求めてくるのだが、答えようがないので
黙って下を向いてしまった。
 その「下を向く」が、藤富先生には私の快
諾の意思表示に写ったのだろうか。
 うれしそうに笑った。

 これは、ほんとうにあったことなんだろうなあ。
 で、このほんとうにあったことから、ことばはどんなふうに動いていくか。自由に動けるか。

 メガネと帽子とパイプ。
 これが先生の三種の神器であり、犬はパイ
プもメガネも用いず、まして帽子などかぶら
ない。
 昨今の公園では、この三つのうちのどれか
をショーしている犬も見る。
 詩に対する冒涜というほどの行為だと私は
ニランでいる。
 仮に、帽子とネガねとパイプをくわえてい
る犬が出現したかといったって、犬は藤富保
男にはなれないのだった。

 「詩に対する冒涜」か。この「冒涜」のつかい方がおかしい。いや、気持ちは「わかる」。
 わかるから、おかしい。
 と書いて、そうか「おかしい」というのは、何かが「わかる」ということなのだと気づく。
 最初に引用した部分の「犬は帽子をかぶりませんよね」と藤富が同意を求めてくる。「わかる」。あ、ほんとうだ、犬は帽子をかぶらない。でも、それって「わかる」というのが正しい(?)こと? 言い換えると、そういうことって「かわる」必要があること? たぶん、ない。無駄。どうでもいいこと。
 ここに、たぶん詩がある。
 ことばは、どうでもいいことへ向かっても動く。どうでもいいことへ向かって動くことで、ことばが窮屈になるのをほぐしている。この「ほぐす」感じがユーモアということになるかな。「どうでもいい」ということが「わかる」ので、笑うのだ。
 藤富の詩は、そういうところがある。

 歩いている犬を見るたびに、私は藤富先生
を思い出す。
 まさかと思っていたが、本当だった。

 これは最後の連だが、いいなあ。「まさかと思っていたが、本当だった。」ねえ、もっとほかのものを見て藤富を思い出してもいいのに、犬を見ると思い出してしまう。「犬は帽子をかぶりませんよね」ということばを思い出してしまう。「どうでもいい」から、そこに「ほんとう」がある。このときの「ほんとう」というのは、「作為がない」という意味。「正直」と言い換えることもできる。
 で、ふいに、会ったことはないけれど、藤富は「正直」を生きた人だったのだと、「ひとがら」を思ってしまう。藤富の「正直」に出会った気持ちになる。
 これって、いい追悼詩だなあ。





*


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目次

森口みや「コタローへ」2  池井昌樹『未知』4
石毛拓郎「藁のひかり」15  近藤久也「暮れに、はみ出る」、和田まさ子「主語をなくす」19
劉燕子「チベットの秘密」、松尾真由美「音と音との楔の機微」23
細田傳造『アジュモニの家』26  坂口簾『鈴と桔梗』30
今井義行『Meeting of The Soul (たましい、し、あわせ)』33 松岡政則「ありがとう」36
岩佐なを「のぞみ」、たかとう匡子「部屋の内外」39
今井義行への質問47  ことばを読む53
水木ユヤ「わたし」、山本純子「いいことがあったとき」56 菊池祐子『おんなうた』61
谷合吉重「火花」、原口哲也「鏡」63

谷川俊太郎『聴くと聞こえる』(下)68


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2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
三上寛怨歌(フォーク)に生きる
三上 寛
彩流社
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「ことばと沈黙、沈黙と音楽」発売中。

2018-04-13 00:08:29 | その他(音楽、小説etc)
谷川俊太郎詩集『聴くと聞こえる』への感想を一冊にまとめました。

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