斎藤恵子「うさぎ島」、宗田とも子「遠い水」、若尾儀武「答」(「タンブルウィード」3、2018年03月15日発行)
同人誌、あるいは月刊誌で詩を読むのは、むずかしい。複数のひとが書いていて、「ことば」が入り乱れる。共通ではないものが共通なものとして見えてきたり、共通なのに違うものに分かれていったりする。これは、私の「個人的」な印象だけれど。
斎藤恵子「うさぎ島」。
「しらない」けれど「いっしん」である。「いっしん」は「一心」で、それは「たいせつ」と言いなおされる。「たいせつ」は「はなさない」という動詞へ還っていく。
なぜ「しらない」かといえば「ちいさな」ひとだからである。
そういうことを引き継いで、
と、ことばが動く。「しらない」は「みしることのない」とかわる。同時に、そこに「あえいだ」が加わる。息。「ちいさな手」のひとたちもまた「息」をしただろう。「いっしん」に、手から「はなさずに」、「たいせつ」に運ぶとき、いつもとは違う「息」をしていただろう。
「しらない」が「息」を通して重なり、それが「海ぞこ」に「かさなる」。
ことばにならなかった「歴史」がふいに、そこにあらわれてくる。
*
宗田とも子「遠い水」には、こんなことばがある。
「数百年の土を重ねてきた」。この「重ねる」の「主語」は何なのか。わからない。「あぜ道」をつくったひとと言えるかもしれないが、特定してもはじまらない。「ひと」を無視して、そこに「あぜ道」は「ある」。それは「あぜ道」であることをやめてしまっても、「土」そのものとして「ある」。そこには「重なる」が「ある」。
具体的なことは何も「しらない」。けれど、「しらない」を超えて、「ある」があることが「わかる」。
「ちいさな手」は、その手の持ち主である子ども(たぶん)は、「なにをはこんでいるか」だけではなく、あらゆることを「知らない」。けれど、何かが「わかる」。だから「いっしんに」動いている。「たいせつ」を生きている。
*
若尾儀武「答」では、ことばは、こんなふうに動いている。
「わけ 分からん」と書いているが、わからないのは「わけ」であって、「急にハルがハル君になった」ということは「わかる」。この「わかる」が強烈だからこそ、「わからない」がある。
この「わからない」ものを「わかる」のはいつか。それは「わかる」というよりも「知る」である。
「知る」には「肉体」で繰り返しなおすことのできない、何か「残酷」なものがある。
宗田の書いている「あぜ道」の「数百年」も「知る」ものだが、それは人間は「数百年は生きられない」という「事実」をつきつけるという意味では「残酷」だが、そんな「知る」を無視して土は「ある」と「わかる」ので、不思議と優しい気持ちになる。
三人は「知る」「知らない」「わかる」「わからない」をどうつかうかを相談して決めているわけではないのだが、「ことば」の奥を似たものかつらぬいている。
*
評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』を発行しました。190ページ。
谷川俊太郎の『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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「詩はどこにあるか」3月の詩の批評を一冊にまとめました。186ページ
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注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
同人誌、あるいは月刊誌で詩を読むのは、むずかしい。複数のひとが書いていて、「ことば」が入り乱れる。共通ではないものが共通なものとして見えてきたり、共通なのに違うものに分かれていったりする。これは、私の「個人的」な印象だけれど。
斎藤恵子「うさぎ島」。
なにをはこんでいるかしらない
いっしんに
ちいさな手をはなさないで
せかいに撒かれるものを
たいせつにして
「しらない」けれど「いっしん」である。「いっしん」は「一心」で、それは「たいせつ」と言いなおされる。「たいせつ」は「はなさない」という動詞へ還っていく。
なぜ「しらない」かといえば「ちいさな」ひとだからである。
そういうことを引き継いで、
みしることのないひとたちの
あえいだ息が
海ぞこにかさなり
と、ことばが動く。「しらない」は「みしることのない」とかわる。同時に、そこに「あえいだ」が加わる。息。「ちいさな手」のひとたちもまた「息」をしただろう。「いっしん」に、手から「はなさずに」、「たいせつ」に運ぶとき、いつもとは違う「息」をしていただろう。
「しらない」が「息」を通して重なり、それが「海ぞこ」に「かさなる」。
ことばにならなかった「歴史」がふいに、そこにあらわれてくる。
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宗田とも子「遠い水」には、こんなことばがある。
高速横浜環状南線の橋脚下部工事が終わるのは来春だ
フェンスの囲いが畑と水田をはめ残したパズルの模様にする
それでも実る稲と里芋の葉が揺れている
コウボネの黄色の花と露草のあぜ道は数百年の土を重ねてきた
赤マンマに覆われた角地はもうすぐ廃田になる
「数百年の土を重ねてきた」。この「重ねる」の「主語」は何なのか。わからない。「あぜ道」をつくったひとと言えるかもしれないが、特定してもはじまらない。「ひと」を無視して、そこに「あぜ道」は「ある」。それは「あぜ道」であることをやめてしまっても、「土」そのものとして「ある」。そこには「重なる」が「ある」。
具体的なことは何も「しらない」。けれど、「しらない」を超えて、「ある」があることが「わかる」。
「ちいさな手」は、その手の持ち主である子ども(たぶん)は、「なにをはこんでいるか」だけではなく、あらゆることを「知らない」。けれど、何かが「わかる」。だから「いっしんに」動いている。「たいせつ」を生きている。
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若尾儀武「答」では、ことばは、こんなふうに動いている。
そやさかい どう返事したら答えになるのんか
考えに考え抜いて
テンノウヘイカがそういわはるのやったら残ります
と答えました
そうしたら センセ
ハル君はあんまり学校に来んけれど ええ心構えしとる
みんなもハル君を見習わないかんな
と 言わはって
わたしは
何で急にハルがハル君になったんか
わけ 分からんと
教室の隅でうつむいていました
「わけ 分からん」と書いているが、わからないのは「わけ」であって、「急にハルがハル君になった」ということは「わかる」。この「わかる」が強烈だからこそ、「わからない」がある。
この「わからない」ものを「わかる」のはいつか。それは「わかる」というよりも「知る」である。
「知る」には「肉体」で繰り返しなおすことのできない、何か「残酷」なものがある。
宗田の書いている「あぜ道」の「数百年」も「知る」ものだが、それは人間は「数百年は生きられない」という「事実」をつきつけるという意味では「残酷」だが、そんな「知る」を無視して土は「ある」と「わかる」ので、不思議と優しい気持ちになる。
三人は「知る」「知らない」「わかる」「わからない」をどうつかうかを相談して決めているわけではないのだが、「ことば」の奥を似たものかつらぬいている。
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評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』を発行しました。190ページ。
谷川俊太郎の『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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ここをクリックして2000円(送料、別途250円)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
「詩はどこにあるか」3月の詩の批評を一冊にまとめました。186ページ
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オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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