詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

未知野道「旅行時計」

2018-04-24 11:42:58 | 詩(雑誌・同人誌)
未知野道「旅行時計」(「森羅」10、2018年05月09日発行)

 未知野道とはだれか。初めて見る名前だが、作品には、どこかで見た感じがある。
 「旅行時計」。

旅行時計というものを持っている
旅行時計を持っているのは僕が時計旅行をしている時だ
旅行時計は懐中時計に似ている錫製で
ふるくなるほど水晶の数珠のようにおもたくひえてくるがらすの扉のなかは
ずいぶん精密なみづの陶器でできている
旅行時計の龍頭をまくのは青い時間だ
掌につつんできりきりきりりと龍頭をまくと
旅行時計のなかはにわかにあわてふためいて
絵の具をつけた砂糖氷のかけらみたいなものがずんずん渦をまいている
きりきりきりりと龍頭をまくと旅行時計のなかに圧縮されたあたりの木の葉や
 山や町や黒い汽車に坐れなくてつっ立っている黒い僕が
玻璃製の松の針みたいにすきとおってきりきりきりりと良い玩具のように締ま
 りだす
時計旅行をする僕たちはつめたくおもたい旅行時計のなかで
ピンセットでひとつひとつ摘まれたたいせいな部品のように
またあたらしくきりきりきりりと発条(ぜんまい)をもどしはじめるのだ

 宮沢賢治に似ている。というよりも、宮沢賢治に似ていた詩を書いていた池井昌樹のことばにそっくりである。
 「懐中時計」は、もうほとんどのひとはつかわない。「錫製」「水晶」「数珠」「龍頭」「砂糖氷」「汽車」「玻璃」「発条」というのも、ほとんど「死語」だ。そういうことばは、池井が詩を書き始めたころ(私が池井の詩を読み始めたころ)、もう五十年以上も前のころから、すでに「死語」だったと思う。
 この「ほとんど死語」(言い換えると、子どもが見向きもしない古くさいことば)を組み合わせ、その「組み合わせ」た時にできる「空間」を「透明」なまま浮かび上がらせる。あるいは「透明」な空間を、硬質な「存在」が流動していく。「渦をまいている」に代表される「流動性」がある。この感じが、宮沢賢治であり、宮沢賢治に心酔していた池井昌樹の「ことば」にとても似ている。どうしても中学生の時の池井を思い出してしまう。
 一方に「精巧」「圧縮」「部品」という科学的なことばがあり、他方に「青い時間」というような不思議に透明なものがあり、「きりきりきりり」の音の繰り返しがある。

 うーむ。
 このあと、何を書くべきか。
 私は、かなり、悩む。
 もう書くこともない。

 でも、少し、いつもと同じ視点から詩を読み直してみようか。
 この詩をつくっている「動詞」は何か。
 「龍頭をまく」「発条をもどしはじめる」。「まく」と「もどす」は動きが反対である。「龍頭をまく」は「発条をまく」と同じである。「まいた」ものを「もどす」。「龍頭をまく」は「発条を締める」であり、「まく」「締める」は「圧縮する」。「凝縮」でもある。「圧縮」「凝縮」されたものは、「固まる」「硬くなる」。たとえば「錫(金属)」「水晶」「陶器」、あるいは「玻璃」。それらはまた「透明」とか「冷たい」「重い」ということばへもつながる。
 「きりきりきりり」もまた「まく」「締める」「圧縮する(凝縮する)」につながる。
 ただし、この「きりきりきりり」は、一種の「ことば以前」の感覚である。「動詞」はそのまま「翻訳」できるが、「きりきりきりり」は「翻訳」できない。それがつかわれている状況を「肉体」でおぼえるしかない。「肉体」を動かして、その動きを「意味」ではなく「音」にするとき、なんとなく「共有」されるものである。
 この「ことばにならない共有(翻訳できない共有)」のなかへ、何かを「もどす」。わたしが「死語」と呼んだことばが共有している何か、「絵の具」「砂糖氷」のような、「肉体」に対して甘くてせつないような何か。郷愁。「いま」より前に、「もどす」。「いまより前にもどす」から「時間旅行」なのだ。
 これが池井の詩なのである。
 (未知野道の詩なのである。)

旅行時計というものを持っている
旅行時計を持っているのは僕が時計旅行をしている時だ

 この反復とずれもまた「ことばにならない共有」を促す。「まく」と「もどす」が、緊密に絡み合っている。


*

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