詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

坂多瑩子「幼年」

2018-08-04 20:45:59 | 詩(雑誌・同人誌)
坂多瑩子「幼年」(「すぷん」創刊号、2018年夏発行)

 坂多瑩子「幼年」は書き出しがおもしろい。

起こしてきてくれといわれ
おじいちゃん死んだふりしているよ
そうこたえてあとは家の中が急に賑やかになり

 「賑やかになり」の「賑やか」がいいなあ。「にぎやか」と「あわただしい」は違うのだけれど、その違いはなかなかむずかしい。「あわただしく」よりも「にぎやか」の方が、その場の雰囲気がわかる。子どもの「実感」が動いているからだ。
 突然あらわれる「実感」は、その場を破る。「実感」は他人にとっては「違和感」でもある。「違和感」をもたらすものの方が意識を深くゆさぶるということなのか。
 これは「死んだふり」にも通じる。
 おじいちゃんは、何かあると「寝ているふり」をしていたのかもしれない。それを何度も坂多は体験している。でも、「寝ているふり」とは何かが違う。だいたい、朝、寝ているふりなんかしない。そういう「違和感」があって、「死んだふり」と言ってしまったということだろう。そして家族も「死んだふり」に違和感を、つまりふつうではない生々しい感じを感じ取り、その違和感を確かめるために、あたふたと動き始める。
 このときの「実感」とは「事実」のことだね。「感覚」が先取りしてしまう「事実」。

次の朝はやく
階段をおりる途中で
死んだはずの祖父によびとめられ
そんな一連のできごとがあって
寝てるふりと死んだふりの違いはどこにあったのか
ゆりうごかしたなんども
起きない祖父がいて
でも冷たくはなかったから寝てるふりでもよかったのに

 少しずつ、過去を振り返るのだが、「賑やかになり」のような「事実」がなかなか出てこない。
 「冷たくなかったから」は、妙に理屈っぽい。「死んだら冷たくなる」ということを、坂多は、そのときほんとうに知っていたのか。たぶん、あとから聞いて知ったんだろうなあ。後で遺体に触れて「ほら、こんなに冷たくなって」というような大人の声を聞いて、「死んだふり」と「寝ているふり」の違いをはっきり区別できるようになったということだろうなあ。あとで知った「事実」が「知識」として世界をととのえる。「実感」が消える。
 「……から」というような、「論理」のことばが入ってくると、「現実」は「現実」ではなく「整理された記憶」になってしまう。
 詩は、むずかしい。

 そのせいなのか、どうか。つまり、作品を立て直そうとしてことばを動かすのか、この詩は、途中から「転調」する。

母だけが泣いていなかったと
伯母たちのおしゃべりで知った

 「体験」と「知る」が交錯する。そのあと、こんなことばが出てくる。

うそつきのまま死んだ
あたしの伯母さん

 さて、「母だけが泣いていなかった」は嘘なのか。ほんとうなのか。これはむずかしいなあ。嘘なら、なぜ、その嘘を覚えているのか、ということになる。坂多が実際に見た母の姿を、ただの「ことば(嘘)」が壊していく。嘘の方が残る。
 「うそつき」と伯母を否定することで、坂多が実際に見た母の姿が甦るのかそれは正確には甦らないが、伯母に感じたいやな感じ(実感)はくっきりと浮かび上がる。。

 ことばにならないもの、坂多が「残したい」と思っているものが、残る。







*

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高橋睦郎『つい昨日のこと』(27)

2018-08-04 09:43:53 | 高橋睦郎「つい昨日のこと」
27 プラタナス アテナイ郊外

おう プラタナス 広い千の葉のいっせいにそよぐ木
肩幅の広い知恵の人 プラトンが とりわけ好んだ

 「広い千の葉」は「肩幅の広い」プラトンを通って、「言の広い葉」へと変わっていく。

はるかのちの日のわれらも娯しむ 言の広い葉たちの蔭で

 「言の広い葉」と「広い言の葉」とどう違うだろうか。「ことばの広さ」とはなんだろうか、と考えてみる。
 「言(こと)」は「事(こと)」かもしれない。「事」の方が「言」よりも広い。「言い表せない事」というものが、いつでも存在する。その言い表すことができないものの法へ広がっていく葉。
 「広い」を「広げる」と動詞にして読むのがいいのかもしれない。
 「結論」へ向かって収斂していくことばではなく、「結論」を壊して広がっていく葉、その生命力。

つい昨日のこと 私のギリシア
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思潮社
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