さとう三千魚『貨幣について』(書肆山田、2018年08月20日発行)
さとう三千魚『貨幣について』はタイトルが即物的だ。詩から遠い。そして、そのなかに書かれている作品も即物的だ。
わたしは
昨日
忙しく働いて
夕方に
神田の
かめやで
冷し天玉蕎麦を食べた
四二〇円だった
それから深夜
銀座線の終電に間に合わず
京浜東北線で蒲田にでて
タクシーで
新丸子まで帰った
帝都自動車交通
二六二〇円だった
即物的だが、とてもおもしろい。改行せずに、散文形式で書いてもおもしろいと思うが、改行が効果的だと思う。ことばが、独立(切断)とつながり(接続)のあいだで、新しい形を見せている。「神田」が出てきたときは、そうでもなかったが、「かめや」以後、固有名詞が世界を「異化」する。「異化」するといっても、何と言えばいいのか、ちょっと存在がくっきり見えるということくらいなのだけれど。
で。
「冷し天玉蕎麦/四二〇円」「帝都自動車交通/二六二〇円」と、そのときかぎりの「一回性の固有名詞」にお金が結びついている。これがおもしろい。ものにはみんな値段がついている、ということが、意識を刺戟する。
「忙しく働いて」には値段がついていないが、ほんとうは隠れている。労働に値段がついているからこそ、さとうは蕎麦代、タクシー代を払うことができる。蕎麦代、タクシー代が支払われたということは、それを提供してくれた労働に対して金を払ったということであり、それは蕎麦を食べる、タクシーに乗るという「肉体の動き」とは別の動きによって、お金の向こう側にいる人とつながるということでもある。
そういうことを一生懸命書いているのではなく、ぽつん、ぽつんと、なんでもないことのように書いている。ぽつん、ぽつんの、連続性を強調しないリズムがおもしろい。たぶん、詩はそこにある。
書き方によっては、さとうの「資本論」になるのだが、「資本論」にしないで、「事実」そのものにしている。
ものの値段が出てこない詩もあるのだが、私は値段が書かれている詩の方が好きだ。「資本論」になることを拒んで、「事実」でとどまっているという感じがいい。「論理(あるいは関係という抽象)」を拒否することで、世界を「事実」にひきもどすと言えばいいのか。
一昨日はわたし
昼に
門前仲町の
日高屋で
生中と空豆を食べた
生中が三一〇円
空豆が一七〇円
レバニラ定食が六五〇円
それから夜に
神田の
葡萄舎で芋焼酎を飲んだ
賢ちゃんと
賢ちゃんの姉さんにも
焼酎をご馳走した
三六〇〇円だったかな
「ご馳走」という「関係」を浮かび上がらせることばの後に、それを否定するかのように「三六〇〇円」が即座につながるところがとてもいい。「だったかな」というのは、さとうの「人間性」をあらわしていて、それもおもしろい。「貨幣」のもっている「暴力性」を、そっと包み込んでいる。しまいこんでいる。
貨幣がクレジットカード(マネーカード)にとってかわり、それが「電子決算」にかわりつつあるけれど、すべてが電子決算になり、貨幣が消えてしまうと、この「暴力」と「やさしさ」の関係が見えなくなるなあ、と思ったりする。
だから、これは「いま」書かれなければならない詩なのだと思う。
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