詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

由良佐知子『遠い手』

2018-08-28 12:05:34 | 詩集
由良佐知子『遠い手』(澪標、2018年08月08日発行)

 由良佐知子『遠い手』の「ひらく」に惹かれた。

乳房をまさぐる赤児のように
枯れ葉のなかに手を入れる
ふっくらとした ちからで
土を押しあげる
蕗のとう
受けつぐ場所を萌黄に灯す

震う大気を合図に
シデの新芽は
固く折りたたんだ葉をほぐす

規則あるものからはみだそうと
てんでばらばらに
春は開く

押しあげたあなたは
なにもかも
忘れていいのだ

 蕗の薹を描いている。「乳房をまさぐる赤児のように」というのは一種の「定型」だが、定型からはじめることで、不思議な静かさをひきよせている。「受けつぐ場所を萌黄に灯す」は美しい。
 詩は、いつでもこういう美しい行を持っている。
 でも、引き寄せられたのは、そこではない。
 三、四連目がいい。
 「規則」から「はみだす」を「てんでばらばら」と言いなおしている。口語で言いなおすことで、たぶん由良の「肉体」が開いたのだと思う。「肉体」のなかにあることばが解き放たれて、跳びだしてくる。
 「押しあげたあなた」の「押しあげた」は一連目の「土を押しあげる」を踏まえている。そのあと、

なにもかも
忘れていいのだ

 ここが感動的だ。
 「忘れていいのだ」と由良は書いているが、何を忘れるというのだろうか。「忘れる」という限りは、覚えているものがあるはずだ。由良は、蕗の薹は何を覚えているというのだろうか。「乳房」とか「受けつぐ」ということばを手がかりにすれば「いのち」がつながっているということを「覚えている」ということになるかもしれない。
 しかし、そういうことは、どうでもいい。
 「なにもかも/忘れていいのだ」から。
 では、このなにもかも忘れるというのは、どういうことなのだろうか。
 新しく生まれる。生まれ変わる、ということだ。ぜんぜん知らないものに。自分の予想もしていないものに。あるいは「親」が予想(期待)もしていないものに、と言えばいいだろうか。
 すべてを裏切って、蕗の薹は蕗の薹でなくなってしまってもいいのだ。

 私は由良のことを一切知らない。由良にこどもがいるかどうかも知らない。けれど、あ、これは母親になった人間にしか言えないことばだなと感じた。
 母の胎内で育ってきた、母親の肉体の中から生まれてきた。それは事実だが、そういう事実はどうでもいい。おぎゃーと泣き叫んだときから、ひとは自分の声をもつ。その声を信じて生きればそれでいい。何になろうが、それは生まれてきたこどもの自由だ。「規則」なんて気にしないで「てんでばらばら」に生きればいい。
 これは母親にしか言えない、強いことばだ。

 「毬」の前半も好きだ。

茶色い毬栗を写す
棘とげ一本いっぽん描いていく
青い毬を
隠れる実を
身になる前の
朝もやの栗林
無数に蒸れる花房
群がる蜂
さんざめく羽音

 「時間」が逆に動いている。茶色い栗を写生しているのに、その「表面」ではなく、栗の毬が茶色になるまでの時間をさかのぼって見つめなおしている。いま、ここにあるものが、いまここにやってくるまでの「時間」を自分の時間を見つめなおすように思い出している。写生とは、そういう目に見えない時間を立ち上がらせることだ。
 こどもの成長を見守るというのは、こういう視線を持つことかもしれない。
 どんな成長にも「規則」が知らず知らずに入り込む。そう知っているからこそ、「規則」を突き破って、「てんでばらばら」に、新しいところへ踏み出せと言っているのだ。



遠い手
クリエーター情報なし
澪標


*

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高橋睦郎『つい昨日のこと』(51)

2018-08-28 08:42:36 | 高橋睦郎「つい昨日のこと」
51 眠りの中で

 「こんどの旅も よく眠った」と書き出されるこの詩には、死への親和が明確に書かれている。二度の旅のあいだに、高橋は三十歳から八十歳に変化している。年齢だけではなく、ほかにも違いがある。

見守っているのが 愛の神ではなく
愛の神のふりをした 死の神だったこと

 三十歳のときは「愛の神」に見守られて眠った。八十歳のいまは「愛の神のふりをした 死の神」に見守られて眠った、という。死ぬ年齢に近づいたから「死の神」に見守られている、というのではない。
 高橋が〇歳から三十歳までのあいだに読んだ「古典」と、三十歳から八十歳のあいだに読んだ「古典」を想像してみればわかる。後者の方が圧倒的に量が多いだろう。つまり、圧倒的な死と高橋は向き合ってきた。その死との向き合い方の違いが、死への親和を誘う。死の神がやってくるのではなく、死の神を高橋が招いている。
 なぜ、死の神を招くのか。高橋は、こう書いている。

うつらうつら眠りつつ 私は気づいていた
死の神が 愛の神よりはるかに優しく
はるかに若わかしいこと

 「若い」からこそ招いたのだ。「若い(若わかしい)」の定義はむずかしい。「可能性」があるということが、その定義のひとつになるだろう。自己を捨てて、何者かにかわっていく力だ。
 「古典」は古い。動かない。しかし、それは「古典」を「名詞(存在)」として見つめるからである。「古典」を「名づける」という「動詞」としてとらえなおせば、高橋の書いていることがわかる。
 どんなふうに名づけようが、名前は古びる。比喩は定型化する。しかし、「名づける」「比喩を生み出す」という動詞は、つねに「いま」として動いている。ことばを読むとき、そこに「名詞(もの)」があらわれてくると同時に、そのまわりには「動詞(行動)」が動いている。「動詞」のなかには「過去」はない。固定化されたものはない。動くことが「動詞」だからだ。それはいつも「いま」を生み出す。
 そういう力そのものと高橋は向き合っている。「死の神」だけれど、それは「生まれつづける」存在だ。「愛の神」も生まれつづけるだろうが、それは死んで行く神でもある。「死の神」は死んでいるだけに、さらに死ぬというとはない。生まれつづけるしかないのが「死の神」だ。





つい昨日のこと 私のギリシア
クリエーター情報なし
思潮社

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ESTOY LOCO POR ESPANA(9) (番外)

2018-08-28 08:07:26 | estoy loco por espana



facebookで見つけたMarisa Calderón Fernándezの絵。
新しい墨絵という感じ。
色の感じも新鮮。
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ESTOY LOCO POR ESPANA(8) (番外)

2018-08-28 07:59:18 | estoy loco por espana



Joaquinのスケッチを見るのは初めて。
温かくて興味深い。
ホアキンににとって、鉄は幼なじみのようだ。
ともに生きて、ともに成長し、強く美しくなる。

es la primera vez que veo bosquejo dibujados por joaquin.
calido e interesante.
para joaquin, el hierro parece ser un amigo de la infancia.
joaquin y hierro ambos viven, crecen juntos, se vuelven mas fuertes y mas bellos.
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