詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

2000万円トリック

2019-06-15 22:28:06 | 自民党憲法改正草案を読む
2000万円トリック
             自民党憲法改正草案を読む/番外274(情報の読み方)

 年金だけでは、老後2000万円不足する(年金以外に、老後資産2000万円必要)という問題の「続報」が読売新聞2019年06月15日朝刊(西部版・14版)に載っている。
 その記事のなかに、こういう部分がある。

麻生氏(金融相)は報告書の内容について「あたかも公的年金だけでは月々5万円足りないと述べている。我々は公的年金が老後の基本中の基本だと思っており、政府のスタンスとかなり違う」と語り、政府としては参考にしない考えを強調した。

 麻生のこのことばをそのまま読めば、「政府のスタンス」としては「公的年金が老後の基本中の基本」であり、「月々5万円足りない」という報告は「参考」にならない、ということになる。
 では、月々いくらの不足(赤字)なら「政府のスタンス」と合致するのか。それが不明確である。
 金融庁の局長は、

「高齢者のライフスタイルはさまざまで、数字を単純に比較して議論したことはミスリードだったと反省している」と謝罪した。

 という記述もある。
 もちろんライフスタイルは人それぞれである。家に引きこもり、電気、ガス、水道の使用も控え、食事も質素なものにするという生活なら年金だけで暮らして行ける、あるいは黒字になるという人もいるかもしれない。
 どういうライフスタイルか想定せずに「数字を単純に比較」するひとはいるだろうか。たぶん、見聞きしているふつうの生活、あるいは自分の生活を基準にして、数字を比較したのではないのか。それは「単純」な比較ではないはずだ。

 私は、この問題がねじまがったのは(変な具合に展開したのは)、麻生の最初の「とっかかり」が、麻生の狙いと、国民の反応との違いが原因だったと思う。
 年金だけでは老後の生活はむり、ということは以前から言われている。そしてそのとき、よく見聞きしたのが3000万円の資産が必要だというものだった。2000万円よりもはるかに多い。麻生もその数字を知っていたと思う。
 報告書は、麻生の意図を酌んで、赤字額を3000万円ではなく2000万円におさえた。そのために「投資」の勧めも盛り込んだ。2000万円をうまく運用すれば3000万円としてつかえる、ということだ。麻生は、これに飛びついた。3000万円不足するという「定説」よりも1000万円も少ない。少なくてすむのは、安倍政権のおかげだ、とアピールできると思ったのだろう。
 だからこそ、「退職金がいくらになるか、計算してみたことがあるか」というような軽口も飛び出したのだと思う。(私は、ちょっと事情があって、新聞を正確に読む時間がなかった。新聞の取り置きもしていないので、引用できないのだが)「年金受給までに2000万円くらい貯めろよ」といいたかったのだ。それくらいは「簡単」というのが麻生の認識なのだろう。何かに、麻生の懇意にしているバーでの飲み代が年間2000万円と書いてあった。麻生にしてみれば、一軒のバーの飲み代が足りないだけ、という感覚なのだ。それくらいすぐに用意できるというのが麻生の感覚なのだ。それが、そのまま出てしまった。
 ところが、麻生が喜び勇んで「2000万円赤字(にすぎない)」と言ったのに、国民の反応は「2000万円も赤字なのか」だった。このため、あわてたのだ。
 金融庁も、苦労して数字を2000万円におさえたのに、麻生の発表の仕方がまずかったので、とんだとばっちりを受けたということだろう。
 ほんとうに2000万円あれば安心できるのか、世間では3000万円という声が聞かれるが、というところから、この問題を追及しないといけない。このままでは、2000万円必要なのかという「不安」を引き起こすと同時に、2000万円確保すればなんとかなるという「間違った安心感」を定着させることにもなりかねない。
 多くの野党の追及は、この点を外していた。彼らにも年金生活の「実感」がないのだろう。
 国会の審議を全部見ているわけではないのだが、共産党の小池の追及が唯一的を射ていたと、私は思う。「2000万円では足りない、3600万円必要だ」というようなことを言った。予算配分の仕方を根本から帰る必要があると指摘していた。私の実感に近い。

 私は年金生活者だが、何もなくても月々5万円は赤字になる。冠婚葬祭があったり(実際にあったのだが)、病気をしたり(これも実際にあったのだが、そして治療はつづいているのだが)、5万円ではとても足りない。さらに、マンションの修繕積立費が来月から1・5倍に上がる(5年後は2倍になる)というようなこともあり、退職金や預金はあっというまになくなりそうである。
 これは年金支給額が減らない、物価が上昇しないということを前提にした上での感想である。物価が、安倍の目論見のように年に2パーセントもあがっていくなら、どこをどうきりつめていいか見当もつかない。

 2000万円不足というのは、嘘に決まっている。嘘に決まっているけれど、その最低限の嘘を手がかりに、どうすれば2000万円を1000万円に、さらにはゼロにまで近づけることができるか。そういうことを考えないといけないのに、2000万円も確保できるはずがないという声にあわてふためいて、「表現の仕方を反省したい」というのは、その場しのぎのごまかしである。

 さらに問題は、多くの人がすでに指摘しているが、月々5万円の赤字、トータルで2000万円資産が必要と言われた人は厚生年金を受給している人である。国民年金だけで暮らしている人を含んでいない。国民年金だけの人は、もっともっとたいへんである。国民年金に加入している人は「定年」のない人が多いかもしれないが、「定年」がないかといって働き続けられるとはかぎらない。健康の問題がある。
 麻生は「表現反省」(表現の問題)というのだが、年金と老後に必要な資産は「表現(トリック)」ではなく「現実の金」である。「事実」である。表現なんかどうでもいい。「事実」から出発しなおす必要がある。





#安倍を許さない #憲法改正 #天皇退位 
 


*

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ミキ・デザキ監督「主戦場」(再び)

2019-06-15 17:30:18 | 映画
ミキ・デザキ監督「主戦場」(再び)

監督 ミキ・デザキ

 「慰安婦少女像」をめぐって、私には、長い間わからないことが一つあった。なぜ、アメリカに像をつくろうとするのか。慰安婦問題が「日韓」の問題なら、アメリカに慰安婦像をつくることは、あまり関係がないのではないか。アメリカに像をつくっても、韓国人や日本人の目に触れる機会は少ない。慰安婦の歴史はアメリカ人とは直接関係がない。(奴隷を解放したリンカーンの像を韓国につくっても、韓国の歴史とは関係がないのと同じように。)では、アメリカはなぜ像をつくることを支持したのか。「人権問題」に対する意識だけで、慰安婦像をつくることを支持したのか。どうも、理解できなかった。しかし、「理由」が、この映画を見てわかった。
 韓国はアメリカを利用しているのである。韓国が、アメリカを説得したのだ。実に頭がいい。言い換えると、思想が明確だ。
 アメリカは世界戦略上、韓国を重視している。利用している。もしかすると日本よりも重視しているかもしれない。いや、私なら、日本よりも重視する。なんといっても北朝鮮と陸続きである。それは中国とも、ロシアとも陸続きであるということだ。つまり、陸軍がそのまま北朝鮮、ロシア、中国へと移動できる。
 アメリカが韓国に「日韓和解(日韓合意)」を要求し、韓国を利用するなら、韓国の主張をアメリカは支持すべきである。韓国は、アメリカの世界戦略を受け入れる「見返り」に、そう主張しているのだ。日本は韓国を侵略した。その結果、朝鮮半島の分断も起きた。その侵略戦争のとき、日本軍は韓国人女性の人権を踏みにじった。女性を慰安婦にした。この歴史をしっかりと認識し、その認識の「証」として慰安婦像をアメリカにもつくらせる。歴史認識が共有されるなら、アメリカが韓国を世界戦略に利用することを容認する。そういう「思想」を韓国は明確に主張した。慰安婦像は、アメリカが日本より韓国を重視している証拠になる。アメリカがなんというか知らないが、韓国は、そう受け止めるだろう。その韓国重視の証拠がないかぎりは、韓米日(たぶん韓国なら、こういうだろう)の関係は安定しない。このことを「世界中」に明確にしたのだ。
 韓国人はとても頭がいいし、思想を生きるのが韓国人の特徴だから、その思想を貫いたのである。
 ここから、こんなことも思う。
 アメリカは広島と長崎に原子爆弾を落とした。そのために多くの市民が死亡した。このことに対して、日本はもっと抗議をすべきなのだ。原子爆弾をつかわなくても戦争を終わらせることはできる。広島の被害の大きさから、長崎で何が起きるかアメリカは知っているはずである。それなのに、アメリカは蛮行をくりかえした。
 アメリカが世界戦略上、日本の地理的位置を重視するのはわかる。そして、日米協力というものが必要というのなら、日本がアメリカから協力を求められたとき、「でも、アメリカが原子爆弾を落としたために、日本人を何人も死んだ。そしていまも後遺症で苦しんでいる」とチクリチクリと厭味をいうべきなのだ。「きちんと広島、長崎で慰霊をして、原爆はつかわないと誓ってください」と言うべきなのだ。鶴見俊輔が言っているように、そういう「権利」は日本人にはある。そしてその「権利」は「人間としての義務」だ。
 日本が(安倍が)、世界戦略上、「日米同盟」が重要というのなら重要でかまわないが、それは何もアメリカの言い分どおりに従うということではない。現実として(実働として)「日米同盟」は守るが、原爆に対する厭味はやめない。そういう「生き方」ができるはずである。
 いくら日本がアメリカの「核の傘」に守られているのだとしても、それはアメリカの戦略。日本としては核兵器には反対と言えるはずである。核保有国と手を結ぶのではなく、核を持たない多くの国と手を結び、「核兵器のために日本はこれだけ苦しんできた」と訴えることはできる。
 そういうことを、「論理の矛盾」と指摘する人がいるだろう。日本政府の立場は、「アメリカの核に守られているのに、核兵器反対と主張するのは論理的矛盾だ」というものだ。しかし、「思想」というのは「論理」ではない。「矛盾」したところがあっても、ぜんぜんかまわない。人間はいろいろな矛盾を抱えながら生きているから、ところどころに矛盾が噴出してきてもいい。噴出してくる矛盾を抱えながら、そのときそのとき、できることをするしかないのだ。
 韓国の多くのひとは、侵略戦争をしかけてきた日本と協力することを好まないだろう。「韓米日」の軍事協力に疑問を感じているだろう。でも、現実として、それが必要ならば、どこかで「疑問」をしっかり明らかにしておく。日本に対して、厭味をつたえておく。それを忘れない。
 こういう生き方を、私たちは学ばなければならない。
 そんな厭味がなんになるかわからないかもしれないが、少なくとも、ある行動が「暴走」するのを防ぐことができる。厭味を言われた瞬間、だれでも、一瞬、行動が止まる。それが大事だ。
 実際、慰安婦像(少女像)を見たとき、私はひるんでしまう。私が韓国人女性を強姦したわけではない。戦争に行ったわけではない。私自身は、何も悪いことはしていない。でも、何か、ひるむ。
 慰安婦問題に対して、日本政府は、「日韓合意」で決着した、と主張する。保証金も払った。すべて解決した。そう主張するとき「慰安婦像」は「厭味」に感じられるのだろう。「反省して、金を払ったんだから、像を取り除いてほしい」というとき日本政府が感じるのは、きっと「金」では解決できない心情というものがあるということを知っているからだ。厭味というのは、心情を刺戟する。だから効果的なのだ。だから必要なのだ。
 ほんとうに「日韓合意」ですべて決着がついていると信じているなら、慰安婦像は、日本軍が韓国人女性を慰安婦にしたという歴史的事実を語っているだけに過ぎないから気にする必要はない。気になるのは、歴史というのは単に「事実」ではなく、そこには「心情」があるからだ。そして人間は心情なしでは生きていけないからだ。「思想」は「理性」だけではなく「心情」も必要なのだ。

 慰安婦は存在しなかったと主張する人たち。彼らは「心情」だけを語っているように見えるが、まったく逆で「心情」を語っていないのだろう。杉田水脈は韓国人や中国人に最先端の科学技術をつかったものはつくれないというような差別的な発言をしていたが、それも「心情」ではなく、彼女なりの「論理」である。そして「心情」を含まない「論理」というのは、「頭」だけで動かしてできるものだから、どんなでたらめでも言える。韓国人や中国人は日本人より劣っていると平気で「論理」にしてしまう。

 (KBCシネマ1、2019年06月08日)

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嵯峨信之『土地の名-人間の名』(1986)(26)

2019-06-15 14:55:33 | 嵯峨信之/動詞
* (石臼を)

すつかり疲労したわたしは冷めたい路上に横たわる
大地に舌をつけて
ただ生の苦い塩を舐める

 「冷めたい」と「塩」が呼び合っているように感じられる。
「舌」は「舐める」につながり、「舐める」が「塩」を呼び寄せるのだが、それに先立つ「冷めたい」がこころに響く。





*

詩集『誤読』は、嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で書いたものです。
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