詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

三木清『三木清全集』16

2019-06-22 22:43:29 | その他(音楽、小説etc)
三木清『三木清全集』16(岩波書店、1985年11月06日、第2刷発行)

 少し気になることがあって『三木清全集』16を開いてみた。『時代と道徳』が収録されている。1935年03月19日から翌年11月24日まで、読売新聞夕刊に週一回書かれた時評である。
 しばしば現代の状況が「戦前の状況」に似ていると言われる。「政治状況」を指していうことが多いのだが、そうではなくて「全体の状況」が似ていると思う。私は「戦前の状況」を具体的には知らないが、現代の状況について考えるとき、ああ、これはどこかで読んだことがあるような、と思うのである。どこで、だろう。私の持っている本のなかでは、三木清くらいしか思いつかなくて、ふと開いてみたる。
 「東洋人に還る」(12月22日)には、こんな文章がある。(旧字は現在の字体で代用。一部、表記を変えたものもある。他の文章も同じ)

 現在、大多数の学生の脳裡に去来するのは何よりも就職問題である。しかも野心的な成功の望みを絶たれた彼等は、むしろただ、無意識的にせよ、伝来の明哲保身イデオロギーに助けられて、思想問題や社会問題の如きに深入りする危険を避け、先づ就職だと考へるのである。

 これは「東洋人に還る」というテーマからは少し脇道にずれた部分なのだが、だからこそ、何やら恐ろしい感じがする。
 現代の若者は、正規社員になろうと必死である。非正規雇用では将来がどうなるかわからない。もちろん野心的な若者もいるだろうが、野心よりも先ず保身。
 年金問題(年金だけでは2000万円不足する)などに、なぜ若者が怒らないのかという意見がネットに書き込まれている。書き込んでいるのは、若者ではなく中高年、老人である。理由は、簡単なのだ。そういうことを書き込んで、安倍批判(権力批判)をしていると安倍に知られたら、正規雇用の道は閉ざされるのではないか、と心配している。そういう「危険」を犯したくない、と判断している。

 「暗示の影響」(01月14日)は、「人心が不安焦燥の状態にある場合、暗示の力は特に大きい」と書いたあと、こんなことを書いている。

 暗示の行過ぎや穿違ひは、暗示が権力者から与へられる場合に特に多いであらう。とりわけ平生あまり独立の判断力を働かせることができないやうな状態におかれてゐる者においてはそれが多いのである。例へば俗吏根性といふのがそれで、権力者の一言によつて種々の暗示にかかり、その心をいろいろ忖度して行過ぎたもしくは穿違へたことをして大衆に迷惑を及ぼすことが少くない。

 まるで「森友学園」事件の佐川のことを言っているみたいではないか。「忖度」ということばまで出てくる。

 「公衆の解消」(03月31日)は、「公衆は解消した、もしくは解消しつつある」という不気味なことばではじまる。

 公衆とは与論といふ知的表現をもつたものである。与論論と公衆との関係は精神と身体の関係である。近代においては与論を作り、与論を代表し、与論を再生産するものは主としてジャーナリズムである。だが与論形成の根底にはつねに談話がある。いかに新聞雑誌が発行されても、ひとが談話しないならば、それは精神に持続的な浸透的な作用を及ぼすことがないであらう。

 報道や言論の自由が甚だしく制限され、公共性をもたぬ流言蜚語が蔓延し、民衆の政治的関心といふものがそのやうな流言蜚語によつて刺戟されてをり、そして彼等の意見が与論として表現される公共の場所をもたないとき、公衆は解消する。

 談話の公共性が存しないとき、ジャーナリズムが本来の機能を発揮し得ないとき、公衆或ひは大衆の公衆性は失はれる。それは何を結果するであらうか。深く考ふべき問題である。

 「談話」の定義がむずかしいが、私は簡単に「直接的な対話(おしゃべり)/ことばのやりとり」と読んでおく。いま、ネットではさまざまな意見が書かれている。しかし、それは「口語体」で書かれていても、おしゃべりでも、対話でもない。単なる言いっぱなしだ。しかも、同じ意見の持ち主が寄り集まっているので、反対意見がない。つまり、おしゃべりを通して、それぞれの意見が変化していくということがない。対話(おしゃべり)を通しての意見の変化を「与論をつくる」「与論を再生産する」と三木はとらえていると思うが、そういう動きは現代の日本、現代のジャーナリズムにはない。
 政権と記者クラブの「記者会見」を見ていても、そこには「質問」(政権から、言いたくないことを聞き出す)の工夫がなく、単に政権の言ったことをそのまま聞くだけである。「大衆のことば」を代弁し、「大衆」として「談話」することがない。

 読んでいると、一冊丸ごと転写したくなる。そういう本である。ぜひ、読んでみてください。そして、現代がいかに「戦前」と似ているかを、社会全体の動きとしてとらえる手がかりにしてみてください。




*

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嵯峨信之『土地の名-人間の名』(1986)(33)

2019-06-22 09:49:03 | 嵯峨信之/動詞
* (その地図は)

その地図は色も塗つてなければ海と空と陸地との区別もない
地名も何も記入されていないが
川だけが名づけられている

 一行目は非常に印象的だ。「地図」とは「地」の「図」だから、ふつうの地図には「海と陸地」の区別はあるが、「海と空」「空と地」の区別はない。空を含めた地図は存在しない。ふつうは存在しないものが、あたかもあるかのように書き出されている。
 これは、しかし、あくまでそれにつづく二行を導くためのことばである。ありえないこと、つまり非論理的なことを書いているが、そこには「非論理」という論理がある。論理を刺戟するものがある。つづく二行は、だから、論理がどんな形で存在しているかを見落としてはいけない。
 「地名」は「川」ということばと出合い「名づける」という動詞を呼び覚ましている。「名づける」とき、すべてが存在し始める。
 ここから一行目へもどると、空も空と名づけられたときから存在することになる。名づけたものにとって、それは省略できない何かである。だからこそ、空をふくめた「地図」が存在してもいい。
 この川は「白い川」と呼ばれている。その最終行。

白い川に説明はない

 「説明」とは論理のことである。
 「名づける」という動詞は論理を超越している。絶対的な「行為」であることを、この最終行は暗示している。

 (途中を省略してあるのでわかりにくいかもしれないが、私は、詩の「解説」を書いているのではないので、こういう書き方になる。私の書いていることばは、あえていえば「註釈」だが、それは私自身のための註釈である。私のことばを動かすための註釈である。他人と共有することを目指してはいない。むしろ他者を拒むためのことばである。わたしはそれを詩と呼ぶことがある。)





*

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