遺稿詩集&アンソロジー 刻をあゆむ | |
小田 雅彦 | |
宮帯出版社 |
小田雅彦『刻をあゆむ』は「遺構詩集&アンソロジー」。
詩だけではなく絵にも関心があったのだろう。画家と共同で詩画集も出している。『鎖のすべて』は平野亮の素描と小田の詩の組み合わせ。どの作品にもタイトルはついていない。そのなかの一篇。(平野の絵は抽象的だが、「ドン・キホーテ」がロシナンテに乗っている姿にも、風車の巨人に挑んでいる姿にも見える。詩は、横書き。)
思いが現われようと
空間をまさぐる
その爪先は
かたちを求めてまよう
誰もさえぎるな
待てば明るくなる
しだいに
線のなかのものを抱きこむ
けれども 破たんは
意味を持つところから
起きる
「意味」ということばがつかわれ、それこそ最後は「意味」で終わるのだが、詩の「意味」自体は「意味」を否定している。
詩は矛盾したものである。人生も矛盾といえるかもしれない。だから、これはこれでいいのだと思う。
線の運動には二種類ある。直線と曲線。曲線は必然的に何かを「抱きこむ」。そこから衝突が始まる。しかし、その衝突は線と線との衝突ではなく、異質なものの衝突であり、衝突とは呼んではいけないものかもしれない。私たちは、その衝突(出合い)をそのままにしておくことができない。出合いは変化を生み出す。それがどんなふうに生長しようが、その内部にはかならず「否定」がある。「否定」を小田は「破たん」と呼んでいるが、これは「弁証法」で言いなおせば「止揚」になるだろう。「意味(結果)」を求めるから、その過程には「否定されるべきもの」を含んでしまうのだ。
小田は、そういうことをただ「起きる」という動詞に語らせている。
第一詩集『昔の絵』(1943年)の「昔の絵」。(「絵」はどちらも正字だが、流通している字で代用)
僕は貝殻を忘れ
歩くのも悲しく
けむった街角に立ちどまった
丘の松までも
こちらを向き
くもった眼にささやいた
僕は黒い帽子の少年を
曲がった路の上に
置いてみつめた
遠い貝殻に
灯がともり
団欒がしずかによみがえった
この昔の絵は
冷たい絹を巻きながら
美しい澱みに降りて行った
街の襞から
もれる気泡は
僕を透き通って消えた
最終連が印象的だが、二連目が私は好きだ。「丘の松までも/こちらを向き」の「こちらを向く」という動詞が強い。
で。
この「丘の松」というのは、現実の松だろうか、それとも「絵」のなかの松だろうか。三連目の描写は、現実を舞台にしての空想だろうか、絵を舞台にした空想だろうか。そもそも、その絵は誰が描いたものなのか。他人ではなく、小田が描いたものではないだろうか。
三連目は、その絵の中にすでに「帽子の少年」がいるのか。あるいは存在しない少年を、いま思い描いているの。そのとき、その少年は過去の「僕」なのか。
どのようにも思いを重ね合わせることができるのは、絵も記憶も「透明」なのものを含んでいるからだろう。青春を含んでいるからだろう。
これが最終連の「僕を透き通って消えた」に変わる。ことばが書いている運動とは別に、私は「僕」が「透き通る」、そして「僕」が「消える」と読んでしまう。もちろん、このときの「僕」というのは現実の僕であると同時に「記憶の僕(黒い帽子の少年)」でもある。
絵(視覚)の動き、視覚のなかの動きを、小田はことばにする詩人なのだろう。絵を形にとどめず、運動に変える詩人だ。
*
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