呼ばれるまで | |
高橋 玖未子 | |
思潮社 |
高橋玖未子『呼ばれるまで』(思潮社、2019年06月21日発行)
高橋玖未子『呼ばれるまで』には「意味」の強いことばが多い。伝えたいという思いが強すぎて「意味」が「説明」になってしまっている。
「くさのしごと」は草を抜くということを書いている。
草のしごと
黙って耐える
踏まれても立ち上がる
抜かれて全滅はしない
生き延びて
子孫を増やして
好機と見るや繁茂する
くさの仕事
不条理に耐える
理不尽に懲りない
生き延びて
子孫を絶やさず
いつか不条理や理不尽の正体を暴き
繁茂するまで生き延びる
「意味」とは、結局、「自分」と「他者」を同一視すること、「自己」と「他者」の間に「通路」をつくることと定義できるかもしれない。「通路」は「比喩」というかたちで形成される。
その「比喩」が「不条理」とか「理不尽」ということばにすりかえられてしまっては、それは「説明」になる。もちろん「説明」したっていいのだが、「本」で読んだことばで説明されると味気ない。
「不条理」は「踏まれても立ち上がる」とどう違うのか。「理不尽」は「抜かれて全滅はしない」とどう違うのか。「踏まれても立ち上がる」「抜かれて全滅はしない」を「不条理」「理不尽」と言いなおしたのはなぜなのか。それを書かないと、詩にはならない。「借り物のことばをつかった要約」になってしまう。
最終連。
くさのしごと
くさのしごと
ああ だが 抜いているわたしも
そのくさの一部かもしれない
ほんとうにそう感じるなら「不条理」「理不尽」というようなことばは、どうも不自然である。「くさの一部」の「一部」も、「要約」が強すぎる。「正確」に言おうとして要約してしまうのだと思うが、詩は正確である必要はない。むしろあいまいな方が想像力を刺戟されて楽しい。
たとえば「袋」。
何でも放り込んでおけばいい袋がある
中がどんな風になっているのか
放り込んだものがどんな具合か
一度も覗いたことはない
ふいに必要なものがあると
手探りでかき回し掘り返すので
放り込んだもの同士がくっついたり
大事な部分が欠けたりして
時には
とんでもないものが出てくることもある
「袋」は「袋」としか書かれていない。説明がない。説明は読んだ人がかってに考える。その「考える(想像する)」という動きのなかで、読者と書き手は重なる。
夕べ取り出したのは
嘘をつき通した若かった日の一こま
あのハンカチは自分のものだ
となぜ言えなかったのか
どうして貧しさを恥じたのか
本当に自分のものではないと
自分に信じ込ませたあの時の弱さ
ずっと忘れていた小さな悔恨なのに
袋の中で
じっと取り出されるのを待っていたのだ
「悔恨」がもっとふつうにつかうことばなら、この詩はさらに強くなると思う。「悔恨」でわかるけれど、わかりすぎるからおもしろくない。
なくしてもいいハンカチなら「自分のものではない」という嘘もいい。けれど、それはなくしてはいけないハンカチだった。大切なものだったはずだ。その大切な「理由」を書かずに「悔恨」と言いなおしては、ほんとうが伝わらない。「悔恨」と書いているから大切さがわかるはずだと思うのかもしれないが、そのとき「大切」は単なることばであって「事実」ではない。
何でも放り込んでおけばいい袋がある
その中に自分がすっぽりと収まるまで
誰もが一つは持っている
とても大事なことを書いているのに、その「正直」を「肉体」とは無縁のことばが傷つけている。こわしている、とさえ言えるかもしれない。
*
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