柴田千晶「差出人」(「Down Beat」14、2019年07月07日発行)
柴田千晶「差出人」を読み、恐怖に襲われた。詩は「事実」である必要はないし、柴田は「事実」を書いているのではないかもしれないが、ことばがこんなふうに動くところまで「社会」が変わってしまったのか、と驚いた。
出したはずのない封書が「受取拒否」郵便として「わたし」に届く。それで「わたし」は「受取拒否」をしたひとのことを調べ始める。
「45-19……死後行く」が「事実」ではなく「虚構」だと告げているのだが、その「虚構」以前に書かれている「虚構」が不気味である。
何といえばいいのか。
「わたし」が「霜村さん」と名づけた「受取人」への興味のあり方が、怖い。「人」を理解するとき、何で理解するか。「ことば」で理解すると同時に、私は「文字」「声」でも理解する。「ことば」の「意味」(内容)と同時に、私の「肉体」が受け止める「感じ」から何かを理解する。それは、「私の肉体」が集めたものである。
でも、この詩の「わたし」は、他人が集めてきたものを、そのまま「霜村さん」と結びつけている。これって、危険じゃない? 私は、どうも、そういうものを信じる気持ちになれないのである。
で、これは、こんなことにもつながる。
柴田の作品とは関係がないのだが、海外の思想家の思想(ことば)を取り込んで書かれた詩がある。その「ことば」は、私の「肉体感覚」で言うと、ちょうどgoogleが集めてきた「情報」のように見える。「他人の視点であつめられた情報」。
私は、こういうものに接すると、落ち着かなくなる。
「海外著名人の思想」の場合、その「情報」は、すでに確立されている。でも、個人の「思想」とはけっして確立されることのないものだと思う。常に揺らぐ。毎日点検し、これからどうしようかと思いめぐらす「家計簿」みたいなものだ。「確立された形式」にあわせようとしても、あわせられるはずがない。それが「暮らし」というものであり、「暮らし」から生まれてくる「事実」ことが「思想」だ。
脱線したが。
柴田が書いていることばにも、そういうものがある。
「特長のない二階建ての民家だ。」
他人が集めた「情報」だから、こういう表現になる。自分が集めると、絶対に「特長」がことばに出てしまう。「特長」づけないと、自分で見たことにはならないし、自分で見たものならどうしても「視線」がどこに動いたかが「ことば」として残る。
後出しジャンケンのように「玄関脇に紫と黄色のパンジーを植えたプランターが二つ並んでいる」と追加されても、「他人の集めた情報」が自分で集めたものに変わってくれそうもない。
*
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柴田千晶「差出人」を読み、恐怖に襲われた。詩は「事実」である必要はないし、柴田は「事実」を書いているのではないかもしれないが、ことばがこんなふうに動くところまで「社会」が変わってしまったのか、と驚いた。
出したはずのない封書が「受取拒否」郵便として「わたし」に届く。それで「わたし」は「受取拒否」をしたひとのことを調べ始める。
霜村さんの住所をgoogleマップで調べてみる。茶畑の
真ん中に赤い気球が浮かんでいる。ストリートビューの小さ
な人をドラッグして、赤い気球が示す家の前に立ってみる。
特長のない二階建ての民家だ。玄関脇に紫と黄色のパンジー
を植えたプランターが二つ並んでいる。ここが霜村さんの家
だろうか。画面を拡大しても表札の文字はぼやけて見えない。
駐車場に止まった軽トラックのナンバープレートの数字なら
読める。
45-19……死後行く。
「45-19……死後行く」が「事実」ではなく「虚構」だと告げているのだが、その「虚構」以前に書かれている「虚構」が不気味である。
何といえばいいのか。
「わたし」が「霜村さん」と名づけた「受取人」への興味のあり方が、怖い。「人」を理解するとき、何で理解するか。「ことば」で理解すると同時に、私は「文字」「声」でも理解する。「ことば」の「意味」(内容)と同時に、私の「肉体」が受け止める「感じ」から何かを理解する。それは、「私の肉体」が集めたものである。
でも、この詩の「わたし」は、他人が集めてきたものを、そのまま「霜村さん」と結びつけている。これって、危険じゃない? 私は、どうも、そういうものを信じる気持ちになれないのである。
で、これは、こんなことにもつながる。
柴田の作品とは関係がないのだが、海外の思想家の思想(ことば)を取り込んで書かれた詩がある。その「ことば」は、私の「肉体感覚」で言うと、ちょうどgoogleが集めてきた「情報」のように見える。「他人の視点であつめられた情報」。
私は、こういうものに接すると、落ち着かなくなる。
「海外著名人の思想」の場合、その「情報」は、すでに確立されている。でも、個人の「思想」とはけっして確立されることのないものだと思う。常に揺らぐ。毎日点検し、これからどうしようかと思いめぐらす「家計簿」みたいなものだ。「確立された形式」にあわせようとしても、あわせられるはずがない。それが「暮らし」というものであり、「暮らし」から生まれてくる「事実」ことが「思想」だ。
脱線したが。
柴田が書いていることばにも、そういうものがある。
「特長のない二階建ての民家だ。」
他人が集めた「情報」だから、こういう表現になる。自分が集めると、絶対に「特長」がことばに出てしまう。「特長」づけないと、自分で見たことにはならないし、自分で見たものならどうしても「視線」がどこに動いたかが「ことば」として残る。
後出しジャンケンのように「玄関脇に紫と黄色のパンジーを植えたプランターが二つ並んでいる」と追加されても、「他人の集めた情報」が自分で集めたものに変わってくれそうもない。
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注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
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(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
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