詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

彦坂美喜子『子実体日記』

2019-07-30 22:55:19 | 詩集
子実体日記 だれのすみかでもない
彦坂 美喜子
思潮社


彦坂美喜子『子実体日記』(思潮社、2019年02月25日発行)

 彦坂美喜子『子実体日記』の「あとがき」によれば、発表ずみの短歌作品に手を入れて再構成したもの、とある。
 本人がそう書いているからそうなのかもしれないし、本人がそう書いているのだからそうではないのかもしれない。私は短歌にはあまり関心がないので、短歌が発表されていたという同人誌は読んだことがあるけれど、彦坂の短歌は記憶していない。
 私がおもしろいと思ったのは、「変態をくりかえし」という作品。

太りゆく月みつめつつ痩せてゆく男の足は地中にのびて
 (呆けていくって、せんないことやねぇ……
吸根をあなたの身体に刺し入れて枯れるまで一緒にいてあげる
 (お礼いうてええのんかしら
上弦の三日月が呼ぶ抜け出して三日月の上に重なって果て
 (いつからそんな数奇なことをおもいつかはったん

 短歌の間に「独白」がはさまれている。対話しているのかもしれないが「呆けていく」男には音は聞こえても「意味」は聞こえないから独白になるしかない。
 短歌を素材にしていると彦坂が書いているから思ってしまうのだが、この独白をこそ短歌にした方が刺戟的ではないだろうか。発表ずみの短歌を利用するのではなく、それを解体してしまって、解体した瞬間に生まれてくる「韻律」になりきれないものを力業で韻律にしてしまった方が強いものが出てくると思う。
 こう感じるのは、短歌がそのまま引用されているのかどうかわからないが、たとえば一行目の

太りゆく月みつめつつ痩せてゆく男の足は地中にのびて

 このリズムは、いまはやりの短歌とはずいぶん違う。「太りゆく」を「痩せてゆく」と言い換えるとき、そこにしのびこんでくる同じ音の繰り返し。これは万葉時代の長歌のうねりを思い起こさせる。「上弦の三日月」が「三日月」ともう一度言いなおされるときのリズムにも、それを感じる。
 このうねり。肉体の中をくぐっていく「声」というか、「音」。そこには「意味」ではなくて、もっとほかの力が働いていると思う。整理される前のいのち。抽象化される前、意味になる前の「肉体」そのものの動き。
 声、喉、音、耳で「ことば」を突き動かしている。
 この衝動のようなものを、私は括弧に入った「独白」の、たとえば「せんないことやねぇ」にも感じる。関西弁と言っていいのかどうかわからないが、「共通語」とは違う「肉体」が動いている。「共通語化」されずに生きている「肉体」そのものの動きがある。
 これを五七五七七に噴出させれば、きっと「現代の万葉」になると思う。
 「ええのんかしら」「おもいつかはったん」というようなことばは、彦坂にとっては「日常」なのだろうが、その暮らしのもっている「肉体」の響きがいい。
 「漢字」のもっている「抽象」と闘う力を感じる。
 古今、新古今は、この視点から見ると、漢字の力で抽象することを覚えた人間の到達点にも思えるが、日本語の詩にとってのそれは衰弱の始まりだったかもしれない。

 あ、これは自分で書いていながら、変な感想、変な思いつきだなあ。

 一種「理路整然」としたあとがきの「方法論」(引用はしないが)を読むと、「方法」で整えてしまうと、美しくはなるかもしれないけれど、弱くなってしまわないかなあ、と不安を抱いてしまう。
 このままならいいけれど(傑作だと思うけれど)、このままというのは、どういうときでもいちばんむずかしい。



*

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嵯峨信之『土地の名-人間の名』(1986)(72)

2019-07-30 06:47:08 | 嵯峨信之/動詞
* (川底の渦巻きに光りが射してくると)

黄金の砂の舞いまでよく見える

 ほんものの「黄金」ではなく「黄金」に輝く反射である。こういう「舞い」を私もこどものころの川遊びで見たことがある。
 どこにでも「渦巻き」がある。
 流れ去るものあるだろうから、同じ砂が舞っているわけではないが、渦巻くという動きが同じなので同じに見える。
 --というところまで、こども時代に見ていたかどうかはわからない。歳をとると、ことばはこどもとは別の「小賢しさ」を身につけてしまうものらしい。
 これは、私自身へのことば、反省であって、嵯峨の詩への感想ではない。


*

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estoy loco por espana (番外36)

2019-07-30 06:07:47 | estoy loco por espana


黄色と灰色(明るい灰色と暗い灰色)。
暗い灰色は深遠か。
明るい灰色が黄色に近づくのか、黄色が灰色に近づくのか。
遠く離れた色が近づく。
分離した(あるいは剥落した)断片が、まず動き出す。
斥候のようにも、伝令のようにも見える。
自由なリズムが新しい美の宇宙をつくる。

これまで矩形と直線をつかった作品を多く見たが、Javierは円と曲線をつかい、新しい世界を試みている。
展覧会は8月3日まで。

Amarillo y gris (gris claro y gris oscuro).
Es gris oscuro profundo?
El gris claro se aproxima al amarillo o el amarillo se acerca al gris?
Los colores lejanos se acercan.
Los fragmentos separados (o raspados) se mueven primero.
Parece un explorador o un mensajero.
Un ritmo libre crea un universo de nueva belleza.

He visto muchos trabajos usando rectángulos y líneas rectas, pero Javier intenta crear un mundo nuevo usando círculos y curvas.
La exposición es hasta el 3 de agosto.


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