岡田衣代『パールグレイの瞑想』(書肆侃侃房、2020年07月05日発行)
岡田衣代『パールグレイの瞑想』は歌集。書肆侃侃房は新人歌人の歌集を次々に出版している。私は若い人のことばの軽いリズムには何かついてけないものがある。ページを開く前に、ちょっと身構えた。しかし、
口笛が呼んでいるからうす青い朝露くらいに光ってあげる
コカ・コーラの缶のへこみにきざし来る感覚今日も尖っているか
そんなに軽くない。「光ってあげる」というようなことばさえ、妙な重さがある。「口笛が呼んでいる」も、軽いというよりも今の若い人は知らないだろう「日活青春映画」、小林明がやせていた時代のことばのような「影」がある。「コカ・コーラ」という律儀な表記にも、ふーん、と思って読んでしまう。
いま少しわたしはここにいるだろう芽吹きしずかなしずかななずな
この後半のリズムなども、私はとても自然な感じでうけとめる。「ず」の繰り返しと「な」の不規則性が、音楽的に響く。
こいしいと唇(くち)にのせたら恋しさはカシューナッツのように曲がって
「曲がって」は「曲がってしまった」なのか「曲がっていた」なのか。この判断を読者にまかせる口調もおもしろいが、「こいしい」を「恋しさ」と言い換えるときの、「恋しさ」に不思議な静けさがある。S音の追加、母音の「い」から「あ」への開放の変化。それが「カシューナッツ」の音の静かさにつながっていく。カシューナッツって、こんなに静かな音だっただろうか、と私はびっくりしてしまった。
どの音もそうだが、「口先」の軽さではなく、もっと奥の「肉体」を通り抜けてくる感じがする。「音」に太さがある。「声」にしたとこがあることばを書いているのだとわかる。「頭」で書いているのではなく、「声」で書いている、という印象がある。
それは、
これもまた短歌なんです「 」律儀な人にはなんにも見えぬ
という「頭」で書いといわれても反論できないような一首にも感じる。「なんです」「律儀な」「なんにも」と繰り返された「な」が「見えぬ」の「ぬ」(な行)におさまっていく感じ。「律儀」という濁音を含んだ響き(しずかななずな、に通じる)、加速し失踪していくことばを押しとどめるような響きが、書かれなかったことば、ことばにならないことばがある、ということを納得させる。「頭」では、そのことばを埋めることはできないが、「肉体」はこの一首の響きにあわせて「肉体」のなかに、ことばにならないものがあることを実感させる。
不思議だなあ、どうしてなんだろう。あとがきには「第四歌集」と書いてある。そんなに若い人ではないのか、と思ったら、略歴に「1940年生まれ」とある。誤植の可能性もあるが、ほんとうに1940年生まれなのかもしれない、とも思った。1940年生まれならば、歌集をつらぬく「装い」(ことばの自由をもとめる動き)に驚くが、音の確かさは納得がゆく。
「頭」と「肉体」の調和が、とても自然だ。
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