山川宗司『家からの距離』(余白社、02月05日発行)
山川宗司『家からの距離』。「さりげないもの」という詩がある。
生きるのが
すきなんです
差し込まない
庭の藪に陽が射した瞬間
ふわりと
その葉にとまった
蝶
そんなさりげないもの
その日から
その言葉を
持ち歩いている
何もことばをつけくわえたくない。
「七月の暑い日」は、こんな風だ。
何度かなおしたのですが
いつのまにかそうなっているのです
くせ だったのでしょうね
新宿区の脳神経外科の先生はそう話した
意識がもどらないまま
左側にちょっと首をかしげたかっこうで
姉は生涯最後の眠りについた
左側にちょっと首をかしげた瞬間、姉には、山川が見た蝶が見えたのかもしれない。ひとはいつも何かを持ち歩いている。そのために、姿勢に「くせ」がある。そう思うと、その「くせ」の方へちょっと近づいていきたくなるではないか。
「なおす」ためではなく、「くせ」に触れるために。
「空き地に土管が」。
空き地に
土管が積まれている
そのなかのひとつの土管に
入り込んでいくのがぼくです
四つん這になって
這っていくと
そのことに気づいたのもぼくです
詩にはつづきがあって、そのつづきの部分こそ山川が書きたいことなのかもしれないが、それを承知で、ここでは引用しない。
私は、「四つん這になって/這っていく」。土管の中へ「四つん這になって」「入り込んでいくのがぼくです」と気づいたと読みたいのだ。
「気づく自分」「気づかれた自分」。どちらがほんとうの自分?
気づくときは、一瞬、自分を忘れるときでもある。
これを最初に引用した、ことばと蝶にあてはめてみる。
「生きているのが/すきなんです」と気づいたとき、山川は何を否定したんだろうか。「蝶」に気づいたとき、山川は何を忘れたんだろうか。それを特定することはむずかしい。気づいた瞬間、山川は「生きているのが/すきなんです」ということばになり、また一匹の蝶になっている。
首をかしげて死んだ姉の、その首の傾げ方に気づいたとき(それをみつめるとき)、山川は姉になっている。姉になって、生きる。何が見えるわけではない。ただ、瞬間的に、姉になってしまう。
それに気づいたか、気づかなかったか。
気づきは、あまりにも短いので、気づきと意識されないこともある。
「気づく」とはどういうことか。そのことを考えさせられた。
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