近藤久也『水の匂い』(栗売社、2020年02月25日発行)
「忘れられたいきかた」という詩がある。「いきかた」は「生き方」だろうか。「行き方」ではないだろう。
でも、「気配」というのは何だろう。近藤は、こんな風に言い直している。
なんとなく、納得する。納得したことを、別のことばで説明するのはむずかしい。私のことばで言い直すのはむずかしい。
詩というのは、こういう瞬間に動いているのだと思う。
でも。
何が「でも」なのか、言うことはむずかしいが。
でも、私は、「浦富海岸」のような具体的な作品の方が好き。
途中に出てくる「半狂乱」ということば。これは、先に引用した詩の「気配」とどう違うかな? いや、まったく違うものだとわかっているのだが、私は、なぜか考えてしまうのだ。どこか「通じる」と。
「狂乱」に重点を置くと、まったく違っている。「狂乱」だけなら「錯覚」「妄想」、あるいは「記憶(怖れ)」に通じる。何か、限界を超えた感じ。でも、超えないのだ。そこに別の世界があると感じながら、超えない。ふみとどまる。
「半分」だけ、それを感じる。
その「半」に重心を置くと、「気配」というものと通じないだろうか。
「狂気」の世界へ、越境するか、しないか。それが、はっきりしない。
この不思議な「粘着力」。
この粘着力を引き出しているのが、助詞「を」を省略する文体かもしれない。「を」だけではなく、「の」も省略されている。
よれよれ「の」男が
腰にパンの塊「を」ぶらさげて
橋の途中までやってきた
欄干「を」とんとん手で鳴らし
しわしわ「の」手指でパン「を」ひきちぎり
助詞は、ことばとことばを「接続」させる働きを持っているが、一方で「接続しないものがある」ということを明確にしながら、それを「接続」させるのかもしれない。「切断されたものがある」。そのばらばらのものを「接続する(接続させる)」ものが助詞。
しかし、その助詞をあえて省略すると。
うーん。
意識が「文法」(ことばの整え方)を乗り越えて、ぬるりと「存在」を接続させてしまう。
この「つながり」は何?
「半分の狂気」であると、私は呼びたい。「半分の文法」、「半文法」と呼んでみたい。
近藤にとっては、きっと「半(半分)」ということが大事なのだ。「一」として完結するのではなく、どこか開かれている。どっちつかず。どっちつかずのまま、現実から越境していくのか、現実に踏みとどまるのか。越境を意識した瞬間に、半分は越境してしまっていると言うのは簡単だから、それは「保留」しておく。
「半」が重要なのは、
ということばからもわかる。「半信半疑」を「半分」ということばをつかわずに説明しようとすると、とてもむずかしい。そして、それは説明を必要としないくらい、だれにでもわかること。このへんな感覚こそが詩なのだ。
「櫂と櫓」は、これを「説明しない」ということばであらわしている。「ことば」にはならない、けれどそこに存在してしまうものが詩。そして、「ことばにならない」と言いながら、ことばで書くのが詩。
これは何のことかというと「櫓の漕ぎ方」のことである。父は櫓を漕ぐことができる。兄はそれをやってみるが、舟は進まない。
「半分」わかっているのに、「半分」わからない。舟は進まないけれど、舟はそこにある。「櫓を漕ぐ」という「肉体」もそこにある。
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「忘れられたいきかた」という詩がある。「いきかた」は「生き方」だろうか。「行き方」ではないだろう。
好きだな
気配だけって
遠慮がちに
入り込んでくる
でも、「気配」というのは何だろう。近藤は、こんな風に言い直している。
似たものに
匂い
錯覚
似て非なるものは
妄想
酷似なのが
記憶と怖れ
なんとなく、納得する。納得したことを、別のことばで説明するのはむずかしい。私のことばで言い直すのはむずかしい。
詩というのは、こういう瞬間に動いているのだと思う。
でも。
何が「でも」なのか、言うことはむずかしいが。
でも、私は、「浦富海岸」のような具体的な作品の方が好き。
よれよれ男が
腰にパンの塊ぶらさげて
橋の途中までやってきた
欄干とんとん手で鳴らし
しわしわ手指でパンひきちぎり
川面へ放り投げる
いったいどっから寄ってきた
数十匹の銀色の魚ども
我先にと喰い争って
飛び跳ね
パンの塊わたされて
半信半疑でやってみた
来るわ来るわきりもなく
次から次へと
半狂乱の魚ども
いったいあれはなんの魚だ?ウグイ?
(腹は赤くないのに?)
どっかから
もうじき鯉や人面魚も
寄ってくるはず、すごいぞすごいぞ
人面魚ってどんなやつ?
考えてると男は袂の家へ
吸い込まれるようにはいっていった
途中に出てくる「半狂乱」ということば。これは、先に引用した詩の「気配」とどう違うかな? いや、まったく違うものだとわかっているのだが、私は、なぜか考えてしまうのだ。どこか「通じる」と。
「狂乱」に重点を置くと、まったく違っている。「狂乱」だけなら「錯覚」「妄想」、あるいは「記憶(怖れ)」に通じる。何か、限界を超えた感じ。でも、超えないのだ。そこに別の世界があると感じながら、超えない。ふみとどまる。
「半分」だけ、それを感じる。
その「半」に重心を置くと、「気配」というものと通じないだろうか。
「狂気」の世界へ、越境するか、しないか。それが、はっきりしない。
この不思議な「粘着力」。
この粘着力を引き出しているのが、助詞「を」を省略する文体かもしれない。「を」だけではなく、「の」も省略されている。
よれよれ「の」男が
腰にパンの塊「を」ぶらさげて
橋の途中までやってきた
欄干「を」とんとん手で鳴らし
しわしわ「の」手指でパン「を」ひきちぎり
助詞は、ことばとことばを「接続」させる働きを持っているが、一方で「接続しないものがある」ということを明確にしながら、それを「接続」させるのかもしれない。「切断されたものがある」。そのばらばらのものを「接続する(接続させる)」ものが助詞。
しかし、その助詞をあえて省略すると。
うーん。
意識が「文法」(ことばの整え方)を乗り越えて、ぬるりと「存在」を接続させてしまう。
この「つながり」は何?
「半分の狂気」であると、私は呼びたい。「半分の文法」、「半文法」と呼んでみたい。
近藤にとっては、きっと「半(半分)」ということが大事なのだ。「一」として完結するのではなく、どこか開かれている。どっちつかず。どっちつかずのまま、現実から越境していくのか、現実に踏みとどまるのか。越境を意識した瞬間に、半分は越境してしまっていると言うのは簡単だから、それは「保留」しておく。
「半」が重要なのは、
半信半疑
ということばからもわかる。「半信半疑」を「半分」ということばをつかわずに説明しようとすると、とてもむずかしい。そして、それは説明を必要としないくらい、だれにでもわかること。このへんな感覚こそが詩なのだ。
「櫂と櫓」は、これを「説明しない」ということばであらわしている。「ことば」にはならない、けれどそこに存在してしまうものが詩。そして、「ことばにならない」と言いながら、ことばで書くのが詩。
父は
説明しない
あからさまなことも秘密のことも
なにごとかの経緯を
なにごとかの成り立ちを
教えないし、しからない
否定しない
主張しない 誇らない
これは何のことかというと「櫓の漕ぎ方」のことである。父は櫓を漕ぐことができる。兄はそれをやってみるが、舟は進まない。
「半分」わかっているのに、「半分」わからない。舟は進まないけれど、舟はそこにある。「櫓を漕ぐ」という「肉体」もそこにある。
兄が櫓をにぎっていた
父がなにか言っていた
ぎこちなく兄が
前後に動かした
水脈はすべらず不安そうに
ギコギコ右に左に
舟は揺れた
父の言葉は聞こえなかった
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(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円です。
費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。
少なくとも月1篇は送信してください。
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また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
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嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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