詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

江代充「自転車乗り」

2006-07-25 00:48:12 | 詩集
 江代の文体には何か悪夢のようなものがある。すべてがくっきりしているが、そのくっきりしていることが、奇妙に苦しい。なぜ、それを、そんなふうに見てしまわなければならないのかわからない。何か見る、というより見せられているという印象が残る。悪夢が、自分の意志に反してむりやり何者かによって見せられる夢のように。

昼間はまだ白い小石のある地面の方にいて
ちかくの草には直接に触れていないが
その草かげに移動した虫が葉の上にきてとまり
上下に白い花を付けた植物のかげを身にまとっている

 1行目の「いて」の主語は何だろう。3行目の「虫」である。その虫は昼間は地面にいた。それが今は草の葉の上で白い花のかげをまとっている。江代は時間の変化とともに虫が動いているのを見ている。何でもない描写のようで、それが悪夢のように見えてしまうのは「時間」が過去-現在-未来と一直線に並んでいないからだ。
 江代の描いた4行を「過去-現在-未来」という時系列にそった時制で書き直すと、次のようになるはずだ。

昼間はまだ白い小石のある地面の方にいて
ちかくの草には直接に触れていなかったが、
やがてその草かげに移動した虫は今、葉の上にきてとまっており
上下に白い花を付けた植物のかげを身にまとっている

 時制をととのえると、単純な描写になってしまう。江代はそうした時系列を避け、時間を不安定にする。時系列が不安定なために悪夢のように感じるのだ。ある存在が、いつ、どこからやってきたのかわからない。ただ、突然目の前にある。それが悪夢の姿だ。理由がわからないから悪夢なのである。その理由とは原因-結果(過去-現在)というと同義のものである。過去-現在という時間の流れで書かれるべきものが、時制が無視されたために、突然、何かが有無をいわさない力で出現してきたという感じがする。3行目の「虫」は、そんなふうにして登場する。
 2行目と3行目との間には明らかに「時間の経過」があり、私はそれをあきらかにするために「やがて」ということばを補ってみたが、江代はそれを省略することで悪夢を強調するのである。

 次につづく2行も奇妙である。

脇の歩道に向けて露店が多くならんだので
背後にながい紅白縞のテントがつづく

 祭りかなにかの露店がならんだ風景なのだが、「ので」が奇妙である。(「歩道に向けて」の「向けて」も奇妙ではあるが)。「ので」は理由(原因)をあらわすが、露店がならんだとき、露店の前は歩道に向かって開かれ、背後は紅白縞で閉ざされるのはあたりまえのことである。そういうことに「理由」など必要ではない。必然的な現象にすぎないのに、なにか重要なことでもあるかのように強調されるために、それが「悪夢」に見える。
 江代は必要なときは原因-結果という因果関係を省略し、必要ではないときに原因-結果という因果関係をつけくわえる。「ので」ということばで。この錯乱のために、書かれていることが「悪夢」に見えるのだと思う。

 必要なとき、不必要なとき、を今引用した4行と2行で見ていくと、もう少し奇妙なものも見えてくる。江代が原因-結果という因果関係を省略したのは「時間」においてであり、つけくわえたのは「空間」においてである。

 悪夢の不思議さは、時間がぴったりはりついていて引き剥がせない(原因-結果という流れがない)ということと同時に、ここがここではなく同時に別な場所でもあるという印象に起因する。ちょうど5-6行目のように。露店を前から見れば背後の紅白縞の幕がずらりとならんでいる風景は見えないはずである。見えないものが同時に見られているのである。
 そして、この見えないものが同時に見られているという点から、1-4行目を読み直すと、それもまた見えないものが同時に見られているということにもなる。過去-現在が時間の経過としてではなく、一瞬のうちにぴったりとはりついて存在している。

 奇妙な密着感、存在を引き剥がせない苦しさ--悪夢。

 それを引き起こしていることばはなにか。「ので」である。「原因-結果」のという因果は江代の精神の内部では、とても強い力で働いているのだと思う。最初の4行には「ので」は書かれていないが、本当は存在する。つぎのように

昼間はまだ白い小石のある地面の方にいるので
ちかくの草には直接に触れていなかったが、
やがてその草かげに移動した虫は今、葉の上にきてとまっているので
上下に白い花を付けた植物のかげを身にまとっている

 書かれていないが「ので」の力、因果関係を無意識のうちに内部にとりこんでしまう力が「悪夢」を生み出している。「ので」の力で、すべての存在が、ぴったりとはりついて、引き剥がすことのできない世界をつくりだすのである。


コメント
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