監督 スティーヴン・フリアーズ 出演 ヘレンミレン、マイケル・シーン、ジェイムズ・クロムウェル
美しいシーンがある。ヘレン・ミレン(クィーン)がひとりで車を運転し、鹿狩りをしている山へ行く。川で車が故障する。迎えが来るまで岩(?)に腰掛け待っている。山と川と、冷たい空気。誰もいない自然のまっただなかで、こみ上げてくるものをこらえきれずに嗚咽する。カメラは背後から姿をとらえている。肩が動く。頭が動く。嗚咽が聞こえる。静かなバックグラウンドミュージックがあったかもしれない。風の音もあったかもしれない。風の音さえ聞こえてきそうな静かな山の中である。その音、あらゆる音が一瞬、消える。
無音。
不思議なことに、無音を聞いた、無音が聞こえた、と感じてしまう。
沈黙の音かもしれない。
この音、沈黙を聞くのは観客だけなのだが、あたかもヘレン・ミレンもその音を聞いたかのように、はっと顔をあげ、振り返る。
そこに鹿がいる。角が14(だったかな?)に分かれた巨大な、立派な鹿だ。ヘレン・ミレンと鹿が見つめ合う。ヘレン・ミレンは何かことばを発しそうになるが、何も言えない。鹿も何も言わない。沈黙がつづく。
鹿が何を考えているか、何を感じているかはわからない。遠くでライフルの音が聞こえる。鹿は鹿狩りがおこなわれていることも知らない。ヘレン・ミレンは鹿に逃げろ、と言う。しかし、ことばは通じない。
ヘレン・ミレンが他の音に振り返り、もう一度目をもどしたときは鹿はいない。
この鹿とヘレン・ミレンはもう一度対面する。このシーンも美しい。
鹿は後日撃たれ、とらえられた。それを見に行く。首から上を切られ、天井からぶら下げられている。首がなくても、巨大で、美しく、威厳がある。首は台の上にのせられている。角は出会ったときのままの形をしている。ヘレン・ミレンは鹿の顔に銃弾のあとを見つける。そっと触れる。
至近距離から撃たれたと聞き、「苦しまなかったのね」と言う。
鹿はヘレン・ミレン自身である。鹿のこころを知らない人間によって殺される。ヘレン・ミレン自身は鹿と違って生きているが、彼女の中で護ってきたものは「死ぬ」。死ぬことによって、鹿はヘレン・ミレンのこころのなかにいつまでも生き続ける。同じように、ヘレン・ミレンも「死ぬ」ことによって、もう一度国民のなかに「生きる」。そんなことを考えたかどうかは、この映画は何も言わないが、鹿の死とヘレン・ミレンの「死」が重なり合う。美しく、威厳をもったまま。
そして、威厳をもったまま死ぬということがどんなに難しいことか、ということが、ふっと浮かび上がる。そのとき、ヘレン・ミレンのふともらしたことばが胸に突き刺さる。「苦しまなかったのね」。死が苦しくないはずがない。人が願うことができるのは、その死の苦しみが短くあることだけだ。
美しいシーンがある。ヘレン・ミレン(クィーン)がひとりで車を運転し、鹿狩りをしている山へ行く。川で車が故障する。迎えが来るまで岩(?)に腰掛け待っている。山と川と、冷たい空気。誰もいない自然のまっただなかで、こみ上げてくるものをこらえきれずに嗚咽する。カメラは背後から姿をとらえている。肩が動く。頭が動く。嗚咽が聞こえる。静かなバックグラウンドミュージックがあったかもしれない。風の音もあったかもしれない。風の音さえ聞こえてきそうな静かな山の中である。その音、あらゆる音が一瞬、消える。
無音。
不思議なことに、無音を聞いた、無音が聞こえた、と感じてしまう。
沈黙の音かもしれない。
この音、沈黙を聞くのは観客だけなのだが、あたかもヘレン・ミレンもその音を聞いたかのように、はっと顔をあげ、振り返る。
そこに鹿がいる。角が14(だったかな?)に分かれた巨大な、立派な鹿だ。ヘレン・ミレンと鹿が見つめ合う。ヘレン・ミレンは何かことばを発しそうになるが、何も言えない。鹿も何も言わない。沈黙がつづく。
鹿が何を考えているか、何を感じているかはわからない。遠くでライフルの音が聞こえる。鹿は鹿狩りがおこなわれていることも知らない。ヘレン・ミレンは鹿に逃げろ、と言う。しかし、ことばは通じない。
ヘレン・ミレンが他の音に振り返り、もう一度目をもどしたときは鹿はいない。
この鹿とヘレン・ミレンはもう一度対面する。このシーンも美しい。
鹿は後日撃たれ、とらえられた。それを見に行く。首から上を切られ、天井からぶら下げられている。首がなくても、巨大で、美しく、威厳がある。首は台の上にのせられている。角は出会ったときのままの形をしている。ヘレン・ミレンは鹿の顔に銃弾のあとを見つける。そっと触れる。
至近距離から撃たれたと聞き、「苦しまなかったのね」と言う。
鹿はヘレン・ミレン自身である。鹿のこころを知らない人間によって殺される。ヘレン・ミレン自身は鹿と違って生きているが、彼女の中で護ってきたものは「死ぬ」。死ぬことによって、鹿はヘレン・ミレンのこころのなかにいつまでも生き続ける。同じように、ヘレン・ミレンも「死ぬ」ことによって、もう一度国民のなかに「生きる」。そんなことを考えたかどうかは、この映画は何も言わないが、鹿の死とヘレン・ミレンの「死」が重なり合う。美しく、威厳をもったまま。
そして、威厳をもったまま死ぬということがどんなに難しいことか、ということが、ふっと浮かび上がる。そのとき、ヘレン・ミレンのふともらしたことばが胸に突き刺さる。「苦しまなかったのね」。死が苦しくないはずがない。人が願うことができるのは、その死の苦しみが短くあることだけだ。