詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

大谷典子『自転車紀行』(2)

2007-07-24 07:29:18 | 詩集
 大谷典子『自転車紀行』(2)(編集工房ノア、2007年07月16日発行)
 大谷の詩の魅力はことばのスピードにもある。「すべてを含む」と重くなって、スピードも鈍くなりそうだが、逆に加速する。そこがおもしろい。
 「賀状のうらみ」

先生の花は
今年も枯れきっているのに魅力的です
(略)
賀状をめぐっていびつになるわたしは
先生の花をみてもとに戻るはずですが
絶交したAは
昨々出していなかったのに来たので
昨年は早々に出しておいたのだが来ておらず
今年は出さないでいると早々に届いたのだった
先生の花は、いい。
先生は枯れた人だが
花は枯れていない

 「絶交したAは」からはじまる4行。くだくだしているのだがスピードがある。なぜか。こういうことは誰もが経験したことだから、これくらいくだくだ書いても、何も書いていないくらい(?)のスピードで読み切ってしまうのである。考えないでいい。感じないでいい。と、言い切ってしまうと誤解を与えそうだが、この4行についてこれはどういう意味だろうなどと考える読者はいないだろう。本当は違う意味が隠されているのではないかと「深読み」する読者もいないだろう。
 これに対して、「先生の花は、いい。」の3行はどうだろうか。簡潔だ。「先生の花は、いい。」には句読点までついていて、独立していて、他の行をよせつけない。きっぱりしている。そのくせ、どういいのか、その1行だけではわからない。考えないとわからない。感じをしっかり受け止めないと、なにがなんだかわからない。その「いい」は、その次の2行「先生は枯れた人だが/花は枯れていない」で説明されているのだが、このありきたりな(?)というか、定型的な説明が、定型であることによってスピードを加速する。定型によって、いわば、それ以上の「深読み」を拒絶する。拒絶して、ことばが動いていく。
 この「くだくだ」のスピードと、「拒絶」のスピードが、とても滑らかである。無理がない。「先生の花は、いい。」の断言(句読点つき--と、もう一度強調しておく)がとても効果的なのだ。
 「深読み」を拒絶したあと、大谷はもういちど「くだくだ」をやりはじめる。ただし、「拒絶」をはさんでいるので、その「くだくだ」は「絶交したAは」の4行とは完全に別なものになっている。
 詩のつづき。

わたしは枯れた花を「生け」たいのだが
先生になったと同時にうらみははれてしまう
先生の花は
じっとりしている
わたしの怨念のようだ
先生の花は
じっとりしている
わたしの目つきのようだ
先生の花は
みだらなかんじがする
わたしの文字のようだ
お茶の先生が書いていた文字のようにみだらだ
うらみは逆うらみではいけない
万年青と書いておもととよむ
万年なのは賀状のうらみだ
土に埋めて
根や芽や茎や木のことから
枝や葉や花のことにいたるまでを
うらむようにして

結局、見守る

 「先生の花は」の繰り返しによって、「わたし」の内部に入っていく。「先生の花は」を繰り返すことによってリズムが生まれ、そのリズムがスピードになる。繰り返すことで加速する。そして、加速の果てに、ふわーっと浮き上がる。「万年青」に触れて、「昇華」というとおおげさだけれど、ちょっとした別次元に到達する。
 ここではスピード、加速することばが、読者そのものを浮き上がらせてしまう。浮き上がったまま、あれ、これは(ここは)、どこかなあ、と静かにもう一度大谷のことばを読み返したいような気持ちにさせられる。つまり、ほんとうに考えさせられる。今感じているこれは何なんだろうと思考が動きはじめる。

結局、見守る

 大谷自身、何も結論は出していない。こういう問題は結論を出すような問題ではなく、大谷が書いているように「見守る」だけのことがらにすぎない。その諦観(?)のようなものが、冒頭の「先生の花は/今年も枯れきっているのに魅力的です」をくすぐる。「枯れて」「生きる」とは、もしかすると、内部にいのちをかかえたまま、死んで見せること? と思ったりする。そういうものに出会ったとき、いのちが見えたり、死が見えたり、次元が揺れ動く。揺れ動いて、その振幅が宇宙になる、という感じがするのかもしれない。
 そして、その振幅がそっくりそのまま、大谷がこの作品で描いた感情の振幅と二重になるように感じる。大谷が書いたことは、絶交した相手との賀状と先生の花とのあいだの宇宙で起きた振幅なのである、という気がしてくる。

 加速することばは、「くだくだ」した恨みを経て、宇宙にまで行ってしまう。それくらい大谷のことばにはスピードがある。
 とてもおもしろい詩集だ。

コメント
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