詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

中井ひさ子「捨てる 捨てない」

2007-07-31 14:36:47 | 詩(雑誌・同人誌)
 中井ひさ子「捨てる 捨てない」(「鰐組」223 、2007年08月01日発行)
 身の回りにはいろいろなものが集まってくる。すべてを残しておくわけには行かない。どうします? 中井は、そのときのこころの動きを書いている。

そろそろ身辺をきれいにしようと
うっすら積もっているものを
そっとはらい

捨てる 捨てない 捨てられない

 「捨てられない」がいいなあ。単に「捨てない」ではない。捨ててもいいんだけれど、未練が残る。「捨てられない」。
 なぜ捨てられないか。その理由は書いていない。これもいいなあ。
 そのひとつひとつに理由はたしかにあるのだけれど、こういう理由というのは書けばきりがないし、書かなくても読者に伝わる。誰もが、「捨てたい、でも捨てられない」というこころの動きは経験したことがあるからだ。そういう経験のないひとには、あれこれ説明してもわからないし、経験をしたことがある人には「捨てられない」ということばだけで十分にこころが通じる。
 こういう簡潔さが、私は好きだ。
 こうしたすばやいこころの動き。説明がいらないこころの悲しみはもう一度形を変えて出てくる。

捨てられない やるせなさ
ゆらり ゆらり
あてない想いも立ち上がってきて
からだの原っぱに 積もるもの

座りなおして
捨てる 捨てない 捨てましょう

 「捨てましょう」。この「……ましょう」は中井が中井自身に語りかけることば。声に出すか出さないかは別にして、こころにしっかり言い聞かせることばだ。ああ、こんなふうにして、人間は動いてゆくんだなあ。

 何気ないことばだけれど、そこにこころがあるとき、そこに「詩」がある。「詩」は人間が動いた瞬間に立ち上がってくるものだ。



 「鰐組」に読者からの感想が掲載されている。私は前号の平田好輝「先生!」について感想を書いた。柳田教授とトイレでばったり出会った。先生はハカマを捲くり上げてオチンチンを取り出して小便をした、という詩である。私は、平田はずーっとこのシーンを思いだすんだろうなあ、おもしろいなあ、人間的でいいなあ、というような感想を書いた。その感想にもからませて、村嶋正浩が感想を書いている。

私にとってふと考え込んでしまったのは、言い辛いことですが、まずこの「オチンチン」がどのような代物かわからないことです。萎びて役立たずの代物なのか、生々しくも立派なものなのか、それによってこの作品のおもしろさは変わってきます。
 勿論、それを察するのが想像力なのかもしれませんが、それがこの作品には具体的に示されていません。
 それは言わずもがなのことで、もしかして、この柳田教授を知っている方にとっては周知の事実であり、それをふくめて面白いと、たとえば谷内修三さんは評価されているのかもしれません。

 びっくりした。私は平田も知らなければ柳田教授も知らない。まして柳田教授の「オチンチン」がどんなものか想像もしなかった。
 私がおもしろいと思ったのは、誰でも小便をするということ。そしてそのためにはオチンチンを出すということ。オチンチンを出すのに不便なかっこうをしていれば、それなりに無様(?)なかっこうをするということ。その滑稽さのなかに人間性がある。それを滑稽と思い、忘れることができないという平田の思い出に人間性がある、と感じた。

 平田が見てしまったのは教授の「オチンチン」というよりは、教授であっても小便をするときはオチンチンをひっぱりだすという愛しく、こっけいな人間の姿、裸の姿そのものなのではないだろうか。

 「オチンチン」について村嶋が書いていることは、私にはちょっとわかりかねる部分がある。人の性器の大きさ(状態)が気になるというのは誰にでもあるこころの動きだと思うけれど、そういうとき「オチンチン」ということばをつかうだろうか。ちょっと違う気がする。
 そして、「オチンチン」ではなく、チンポでもペニスでも男根、性器でもいいのだが、そういうものを実際につかうとなると、それが他人と比べて大きいとか小さいとか持続力が長いとか短いとかというのは、そんなに気になるものなのか。性交のあと、「ちっちゃいね」と言われながら愛撫されるとき、その声に愛が感じられれば、その「ちっちゃいね」さえ、とてもうれしい。愛が感じられなければ「すっごく大きいのね」と言われてもしらじらしいだけだ。性交は愛を確かめるためのものだから、人の性器と自分の性器を比べても何の役にも立たない。
 村嶋は「私は『オチンチン』が社会的優位にたつ時代を不幸にして理解できる最後の世代に属している」と書いているが、え、そんな時代ってあったのか? というのが私の感想だ。
コメント
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