詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

四元康祐「言語ジャック」

2008-07-05 01:22:08 | 詩(雑誌・同人誌)
 四元康祐「言語ジャック」(「現代詩手帖」2008年07月号)
 状況がことなることばが出会う。その出会いを、そのまま注釈を加えずに、出会いのままほうりだしている。
 私は、ふいに、中学のときの修学旅行のことを思い出した。夜、隠し芸をやる。そのとき、陰気な二人がほかのひととペアが組めずに取り残された。その二人がしょうがなく(?)ペアになって、歌を歌った。「かえるの合唱」と「春の小川」。独唱と独唱で、ハーモニーとかの楽しみがあるわけではない。私たちは、あっけにとられた。なにが始まったかわからなかった。どんな反応をしていのかわからなかった。終わった瞬間、ただ、拍手をした。こんな歌の歌い方があるのか、とただびっくりした。
 この「芸」の基本は、そこで歌われるふたつの歌が、とてもよく知られていることだ。だから、まったく違った曲なのに、はっきりと聞き取れる。そのことが、また、驚きだった。私たちの「意識」のなかにあるものと、はっきり呼応しながら、目の前に見たこともない形であらわれてきた--ということに感動(?)してしまった。

 それに類似(?)したことを、四元はやっている。「言語ジャック」は「1」と「2」から成り立っているが、その「2 日常の細道・発端」。インターネットでは紹介しにくい作品だが、ある文章に「奥の細道」が「ルビ」としてつかわれている。「かえるの合唱」と「春の小川」はどちらが本文でどちらがルビかわからないが、四元のやっている作品では「奥の細道」が「ルビ」の大きさで、本文(?)に添えられている。
 その本文のみを引用する。(「奥の細道」は想像するか、「現代詩手帖」で実際に作品を「みて」ほしい。)

 直線は曲線の一部にして、曲線は無数の直線の集積である。紐の上に結び目を拵えその運動にそって視線を回転させる者は、世界を事態として現象的に認識する。多くの者がその回転に吸い込まれていった。私も、いつの頃からか、テーブルクロスの皺に誘われて日常性を逸脱、パン屑の配置をさすらい、去年の秋居間のカーテンに結び目をひとつ拵え、その捻れと集中に……

 この詩が楽しいのは、「奥の細道」のリズムがそのまま生かされているからである。「意味」ではなく、「リズム」が浮かび上がってくる。(「かえるの合唱」と「春の小川」も「リズム」がいっしょだった。そしてメロディーと詩がばらばらだった。それがおかしかった。)「リズム」がいっしょなら、ことばは「同じ」(?)に聞こえるのである。
 四元は、とても耳がいい詩人なのだ。
 そして、その「リズム」は日本語の本来の「リズム」なのだろう。

 「リズム」の不思議さ、「音」の不思議さは、「意味」を超えるところにある。たとえば、四元が書いている、

直線は曲線の一部にして、曲線は無数の直線の集積である。

 これは、わかるといえばわかるし、ほんとうに理解できるかと言われれば、ちょっと悩む。(私だけかもしれないが。)それはこの部分にあてられた「ルビ」である「奥の細道」も同じ。「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり。」も同じ。「月日は百代の過客にして」のほんとうの「意味」がわからなくても「行きかふ年も又旅人なり」とつづけて語られると、そのふたつは同じことを言っているらしいとわかり、そこからなんとなく「イメージ」(感覚)がわかる。「直線は曲線の一部にして」だけだと、どうして? という気持ちが起きるが、「曲線は無数の直線の集積である」とつづけられると、「ふーん」となんとなく納得させられる。
 四元は「言語ジャック」とタイトルで書いているが、正確(?)には「リズム」ジャックだろう。

 日本語(あるいは、ことば)に、「意味」なんてあるの? ことばがもっているのは「リズム」だけじゃない? 私が四元なら、そう主張するかもしれない。

 最後、「草の戸も住替る代ぞ雛の家 表八句を庵に懸け置く。」は次のように「リズム」ジャックされる。

   チワワは正立方体をイメージできるか
という疑問がふと胸に浮かんだ。

 いいなあ。「懸け置く」と「胸に浮かんだ」は「意味」としても似通ってはいるけれど、これは「リズム」がそう感じさせるだけなのかもしれない。「リズム」のせいだ、と私は思いたい。
 四元の詩は、私には、いままであまりしっくりこなかったけれど、この「日常の細道・発端」はとても気持ちがいい。うれしくて、笑いたくなる。傑作である。私は途中を引用しなかったが、これはぜひ、「現代詩手帖」で正式な形で読んでもらいたいからである。ぜひ、読んでください。買わなくても、立ち読みででも、ぜひ。





噤みの午後
四元 康祐
思潮社

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