白鳥央堂「某日の子供が新しくけずられた靴底に、たくわえていた詩」(「現代詩手帖」2009年03月号)
詩は意味ではなく、ことばだ。1行1行のことばが、ただことばであるだけで楽しい。ことばは意味にまみれた時からつまらなくなる。意味を拒絶して、ことばよ、輝け――と、急に書きたくなった。そういう興奮を、白鳥央堂の詩は呼び覚ます。
3連目。
ことばがとても好きなのだと思う。そして、白鳥がことばが好きだと知っていて、ことばが白鳥を訪ねてくる。その訪問に導かれて白鳥は動いていく。白鳥がことばを動かすというより、ことばが白鳥を動かす。
これはいことだ。詩にとって、こんなにうれしいことはないだろうと思う。
この2行はとりわけ美しく、楽しい。夢に見そうなくらい、無意味に鮮やかである。意味を追いかける気持など消えてしまう。「音」が文字面、漢字、ひらがなのバランスの美しさ、1行の長さと響きあい、自然に動く。どこまでもどこまでも、このまま動いていく感じがするのだ。
詩は意味ではなく、ことばだ。1行1行のことばが、ただことばであるだけで楽しい。ことばは意味にまみれた時からつまらなくなる。意味を拒絶して、ことばよ、輝け――と、急に書きたくなった。そういう興奮を、白鳥央堂の詩は呼び覚ます。
3連目。
きみが黒馬を蹴り
教師と、ぼくを誕生日まで連れてゆく
耳にはずっと「美化」という叱責がきこえていて
よぞらは暗い
きみは辿り着いて蝕学を習うのだと腕をかざし、笑い
また叱責の音を執拗に歌い重ねながら おそらく泣いていて
かたわらでかがやく海の、路へ 生後の密会のために
横転し 頬に縫い留めていた真白い紙幣を二枚切り離す
ことばがとても好きなのだと思う。そして、白鳥がことばが好きだと知っていて、ことばが白鳥を訪ねてくる。その訪問に導かれて白鳥は動いていく。白鳥がことばを動かすというより、ことばが白鳥を動かす。
これはいことだ。詩にとって、こんなにうれしいことはないだろうと思う。
きみは辿り着いて蝕学を習うのだと腕をかざし、笑い
また叱責の音を執拗に歌い重ねながら おそらく泣いていて
この2行はとりわけ美しく、楽しい。夢に見そうなくらい、無意味に鮮やかである。意味を追いかける気持など消えてしまう。「音」が文字面、漢字、ひらがなのバランスの美しさ、1行の長さと響きあい、自然に動く。どこまでもどこまでも、このまま動いていく感じがするのだ。
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