詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

秋山基夫「黄色い砂」

2009-03-16 11:04:43 | 詩(雑誌・同人誌)
秋山基夫「黄色い砂」(「ペーパー」4、2008年11月01日発行)

 秋山基夫「黄色い砂」はプロローグに石川啄木の「東京」を掲げている。
 1連目は、「蟹が波打ち際を這っていく」ではじまり、2連目は「蟹と見えるものは実は汽車だ」にかわる。3連目では「汽車は列島をしゅっしゅっぽっぽと休みなく走り回る」、4連目は「都会の駅舎の中をふるさとさんが洋傘をもち中折帽をかぶってうろうろする」とつづく。とても奇妙なことばの運動である。それにくわえて、「汽車」とか「駅舎」という古いことばが登場するので、これは一体何?という気持ちになる。
 そして、この詩(?)には「『黄色い砂』のための物語」というものがついている。「黄色い砂」という「詩」が、どういう「物語」をもっているか、を注釈したものである。そのなかに、啄木、朔太郎などが出て来る。「蟹」は「東海の小島の磯」の「蟹」であり、「汽車」は「フランスに行きたしと思へど」の「汽車」である。「ふるさと」は啄木の「いしもと追はるる」の「ふるさと」である。都会は漱石「坊ちゃん」の江戸であり、都会と対比的に描かれる「田舎」には田山花袋も出て来る。その他のことばの来歴(?)がていねいについている。
 さらに。この「物語」は「参考文献および若干のノート」というものをしたがえている。

 これいったい何?

 これを読むと、秋山が書きたかったものは、「詩」なのか「物語」なのか「ノート」なのか、判然としなくなる。どれも書きたかったのだろう。とだけ書いて、そのことに関しては判断を保留する。

 私がおもしろいと思ったのは、「物語」の部分である。特に、「ノート」の(注1)につながる部分である。駅のホームについての説明である。

塗料としては何を使ったか。ペンキ、ニスなどを想像するが、これらが使われはじめた年代は知らない。

 「ノート」の1の部分を見ると、文献のタイトルが並んでいるだけで、それう見るかぎりは「塗料」なんか、どこにも出てこない。
 変でしょ?
 詩に、長い長い注釈(物語)をつけ、さらにその「物語」に注までつけているのに、それは不完全なものである。これはいったい、なんのための注?
 いま引用した文章は、結局、いろいろ文献を踏まえながら、実は「知らない」ものを残したまま、ことばは動いているということを証明している。
 そのことを私は批判するつもりはない。むしろ逆である。どんなときでも、ことばは「知らない」ものを含んだまま動くのである。というよりも、「知らない」ものがあるからこそ、ことばはなにかを追いかけて動くことができる。未知の領域へ動くことができる。「知っている」ものだけだったら、未知の世界へは入っていけない。
 したがって、といっていいのかどうか、よくわからないが……。
 「ニス」は独立した生き物のように動いて、「汽車」のなかへ入り込み(ホームに少しは触れはするけれど、そこを離れて)、朔太郎の「夜汽車」を呼び寄せる。そして、

煤煙とニスと煙草と乗客や荷物のにおいのいりまじった濃くていくぶん刺激的な「汽車のにおい」の中から、人妻を連れた寄るの旅の感情の等価物として煙草とニスのにおいがときに抽出されている。

 と官能の世界に迷い込む。さらに「夜汽車」から「照明」に移り、ガラスに移り、そして、

高浜虚子が送ったガラス障子を正岡子規は非常に喜んだが、室内にいて外気を遮りつつ外が見える文明の利器の普及は便利であるにとどまらず、まさに透明な見えない作用を人々の思想の変革にまで及ぼした。内面の表現とはまさに外から中が見えるようにすることにほかならない。

 あれれ。いつのまにか、「歴史」になってしまっている。
 何を書いていたのだったっけ? 「ニス」は、そのときどうなるの?
 わからなくなりますね。わからないのだけれど、そのわからないくらいに、次々とことばがことばに刺激されながら動いていることだけは、とてもよくわかる。「知らない」を含んだまま動きはじめたので、どこかが緩んでいるのである。論理の「文法」が緩んでいるのである。そして、逸脱するのである。
 その瞬間がおもしろいのだ。
 あれ、こんなことがテーマだったっけ? 違うんじゃないの? そう思う瞬間の、なにかが、私に、この変な感じこそ「詩」であると告げる。詩はいつでも逸脱していくものである。逸脱する力が詩なのだ。
 詩のなかでは秋山の逸脱は小さい。しかし、散文のなかでは逸脱が大きい。
 まるで「物語」のなかで逸脱したくて、それ出発点として「黄色い砂」を書いたように思えて来るのである。なにごとかを説明するふりをして、なにかを補足するふりをして、逸脱を手に入れる。
 「物語」を読むと、私が感心した部分は、秋山がほんとうに狙って書いた部分なのか、自然にそうなってしまったのか、よくわからないが、狙って書いたものだとしたら、とてもすばらしい。とてもおもしろい。


二重予約の旅
秋山 基夫
思潮社

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『田村隆一全詩集』を読む(26)

2009-03-16 01:57:40 | 田村隆一
 「他人」の導入--というと変な言い方になるが、「他人」と出会うとは、過去-現在-未来とつながっている「私」の時間を洗い直すことなのだと思う。「他人」もまた過去-現在-未来という時間を生きている。「いま」という時間に2人が出会ったとき、そしてそこになんらかの会話をしたとき、ふいに「他人」の「過去」が「いま」に呼び出されて来る。それは田村の「いま」とはつながらない。「他人」の「過去」と田村の「いま」を結びつけ、「いま」をという時間を動かすためには、田村の「過去」そのものを「いま」へ呼び出さなければならない。生き直さなければならない。この生き直しが、時間を洗い直すことなのだ。
 他人が登場すると、田村のことばはとてもいきいきする。それは、そこでは、そういう生き直し、時間の洗い直しが行われているからだ。「詩は『完成』の放棄だ」(「水」)などという美しいけれど抽象的なことばは消え、具体的なものだけが書かれる。そのなかで「肉体」が動いていく。

 「手紙」という作品。

Y君から手紙がきた。
ケネディの切手が貼ってある。
アメリカ中西部の大学町。
初雪があったという。
中華料理店『バンブー・イン』は店を閉じた。
テネシー・ウィリアムズが学生のとき、
ビールばかり飲んでいた酒場もなくなって、
『ドナリー』だけは一九三四年以来健在だそうだ。
田村さんが住んでいたアパートのあたりまで散歩しました、とある。

ぼくが住んでいたアパート。
それはもうぼくの瞼のなかにしかない。
いくら雪のふる夜道を歩いていっても、
Y君にはたどりつけるはずがないのだ。

 前半は、Y君からの手紙を要約引用している。それだけである。しかし、そこには「出会い」がある。Y君が町の描写をするとき、その描写はY君にとって「いま」なのだが、田村にとっては「過去」である。この詩では、「田村の過去」が他人のことばによって「いま」にひっぱりだされる。それは田村の「過去」を洗い直す。「バンブー・イン」や「ドナリー」という固有名詞が「過去」と「いま」をつなぐ。そのとき、見えて来るのは「過去」そのものではなく、「いま」と「過去」とのあいだにある「時間」だ。他人に会うとは、出会うことではじめて見えて来る「時間」に会うことなのだ。
 この作品では、その「時間」はすこし感傷的に描かれている。「たどりつけない」ものとして書かれている。そんなふうに閉じられてはいるのだけれど、田村だけのなかで完結していた「時間」、抽象的なことばで書かれた濃密な「時間」に比較すると、ここでは、「時間」そのものが他者に対して開かれている。
 この作風の変化は、重要なことだと思う。

 「絵はがき」は、田村が誰かに「絵はがき」をみせながらアメリカ(ニューヨーク)について説明している形でことばが動いていく。その誰かはここでは明らかにされていないが、他者がくっきりと存在し、その他者にむかってことばが動くので、ことばがとてもわかりやすい。

こいつはタイムズ・スクエアです
老人がぼんやり坐っている
そう 人間があまりいませんね
図書館もガラ空きだったし エロ本屋にも客はいない

 図書館とエロ本屋の対比が人間をくっきり浮かび上がらせる。図書館にとってエロ本屋は「他人」のようなものである。そこに流れている時間はまったく別の時間である。そして、人間はその両方の時間を知っていて、それを結ぶ「あいだ」の「時間」を生きている。図書館だけの時間、エロ本屋だけの時間だけではなく、そのあいだを往復する時間を生きている。図書館の時間をエロ本屋の時間で洗い、エロ本屋の時間を図書館の時間で洗い直すように。
 そういう「時間の洗い直し」を田村は『新年の手紙』でやりはじめたのだと思う。
 それはもしかすると、『緑の思想』のころからはじまっているかもしれない。『緑の思想』のときは、その「他人」は人間ではなく、「自然」あるいは、「日本的な感性」だったかもしれない。伝統的な自然観--それも「他人の時間」として、田村自身が自分のなかに取り込んだものかもしれない。自分自身のことばを洗い直そうとして、そういう作品を書いたのかもしれない。





我が秘密の生涯 (河出文庫)

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