詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

松浦寿輝『吃水都市』

2009-03-31 11:08:43 | 詩集
松浦寿輝『吃水都市』(思潮社、2008年10月30日発行)

 松浦寿輝『吃水都市』の一番の特徴は文字表記がいままでの詩集とは違うということである。旧かな遣いと、をどり字(おどり字)の採用。「まだまだ」というような表記を松浦はとらず、二度目の「まだ」は「く」が2字分にのびた文字を採用している。同じ音を繰り返すときにつかう特殊文字である。現代では、多くの人はそういう文字を表記に利用していない。それを、松浦はあえて採用している。
 これは、これは重要なことである。
 をどり字を多くの人がつかっていた時代(新聞や教科書でもそれを見かけ、また実際に手紙などで書いていた時代)の人間とは違って、現代ではそういう文字をつかわないから、それを読むときには、読者の方で繰り返しを意識して読まないと、それが「ことば」にならない。
 そして、この意識された「繰り返し」がこの詩集の(あるいは、松浦の文学すべてに共通する)思想である。繰り返しを意識するとき、その「繰り返し」の「間」のなかに生じる意識が松浦が文学(ことばの活動)の本質である。「繰り返す」ということは「間」をつくりだすことである。

 巻頭の「眠る男」。その書き出し。(をどり字を再現できないので、ここでは○をかわりにあてておく。をどり字に濁音がついたものは、濁音を省略した。原文はテキストで確認してください)

眠る男、眠る男よ、きみはかなしい、眠る男よ、きみはとてもかなしい、きみの頭蓋のなかにはきら○かな悪の金粉が舞つてゐて、おほきな黒猫の毛並のやうな悪い艶をおびてゐるその暗闇を、きみはた○降下してゆくことしかできない、

 をどり字以外にも、松浦は「繰り返し」を多用している。冒頭の「眠る男、眠る男よ、きみはかなしい、眠る男よ、きみはとてもかなしい、」が特徴的である。「眠る男」が3度、「かなしい」が2度繰り返されている。その「間」で変化したことは2点ある。
 1点目。「とても」が挿入された。
 2点目。「眠る男」が「きみ」に変化した。
 この2点が、松浦の思想である。1点目は「間」の拡大、「間」のなかみを充実させること。2点目は「ずれ」。そして、その2点に共通していえることは、ふつうは「意識できない」間のひろがり(あるいは充実)、「ずれ」であるということだ。ふつうは意識しないことを、松浦は意識的にことばにする。「わざと」ことばにする。
 をどり字の採用は、そういう「わざと」がくっきりとあらわれたものである。「くりかえし」を「わざと」意識させる。そして、その「くりかえし」の「間」に、ふつうは意識しないことがらを、意識できないことがらを書き込んでゆく。ふうつ、それを意識できないのは、それが非常に微細なことだからである。どんなに風変わりなこと、華麗なことが書かれていても、それは「間」が見えて来ないかぎり、そこには存在しなかったものなのである。
 「眠る男」に、「よ」がつけくわわって「眠る男よ」になる。そこには呼びかけが付け加えられたことになる。呼びかけであるから、「眠る男」が「きみ」と呼称がかわっても、ふつうは何かがかわったとは意識しない。自然な変化に思える。無意識に読んでしまう。「きみはかなしい」から「きみはとてもかなしい」の変化には「とても」がつけくわえられている。「とても」というのは「微細」なものではないが、具体的ではないので「巨大」ともいえない。微妙な変化であり、それは、いわば「情緒」である。感情でしか把握できないもの、感情の意識(?)だけが感じることのできるものである。理性にとってというか、客観的なことがらと比較すると、その「とても」は測定不能なもの、つまり非常に微細なものということができる。言い換えると、クォークが3個から6個になったときのような「とても」大きな「微細」なのである。ことば(論理)にしたときにのみ、はじめて存在するものなのである。

 「間」の拡大、「ずれ」によることばの運動は、どうなるか。どう展開するか。詩のつづき。

からだは縦になり横になり斜めになり、厚ぼつたい寒気の淀みではふはりと横にそれ、かぐはしい精気はざつくり切り裂いて滑空し、少しづつ少しづつ、着実に、眠りの底に向かつて近づいてゆく、下へ行けば行くほどあたりは茫漠と広がつてゆくやうだ、しかしきみの眠りの底の底はた○一点に収斂してもゆくやうだ、はるか下方にひときは猛々しく輝いてゐるあの一点、あれは町だ、きみの街、そこに、きみはどうしても行き着けない、

 「間」の拡大、「ずれ」は、結局「行き着けない」という結論に達してしまう。カフカの「城」の世界である。
 「行き着けない」世界のなかで、人間は、感覚をただ濃密にする。拡大する「間」、「ずれ」ることで増殖する「間」。「ずれ」とは、最初に存在したものとの「間」によって生じるものだから、松浦は、結局、「間」だけを書いていることになるともいえる。
 「間」は「魔」でもあり、そこでは、人間は、その意識、感情は、つぎつぎに最初の形を失なってしまう。失ないながら、それでも人間でいつづけている。その矛盾。矛盾の連鎖。--「間」があるから、そこに感情や意識が誘い出されるか、それとも感情や意識が揺れ動くから「間」が生まれるのか。
 わからない。
 たぶん、それは同時におきることなのだろう。

 そして、この「同時」ということが、また重要なのだと思う。(松浦は「同時」ということばはつかっていないけれど……。)
 「間」「ずれ」の増殖。増殖するには、ふつうは「時間」がかかる。なんでもそうだが、増殖するのに「時間」のかからないものはない。けれども、松浦にあっては、その「増殖」は「時間」とは無縁なのである。「同時」なのである。「間」「ずれ」の増殖は瞬時というか、人間が存在することと不可分の「一瞬」のできごとなのである。どんなに拡大し、ひきのばしても「一瞬」でしかない。それは「行き着けない」のではなく、すでに「行き着いている」ことだからでもある。
 「行き着けない」と「行き着いてしまっている」を松浦は往復するのである。その往復は拡大すればするほど接近する。接近すればするほど遠くなる。

 松浦は、そういう「世界」へ、「繰り返し」と「をどり字」をつかって、誘い込む。
 その世界は、「意味」ではなく、音、音楽の世界である。「意味」を拒絶している。「をどり字」が「踊り字」でもあって、読者は、松浦の音楽に誘われて、ただ踊る。意識の、感覚のダンス。どこへも行かない。ここで、ただ、踊ることで「ここ」が「ここ」ではなくなる陶酔の愉悦--そういう世界だ。そしてそれは、読者が自分から積極的に「繰り返し」の意識し、その「繰り返し」に参加しないことにはあらわれない「世界」でもある。



吃水都市
松浦 寿輝
思潮社

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『田村隆一全詩集』を読む(40)

2009-03-31 00:27:25 | 田村隆一
 『スコットランドの水車小屋』(1982年)。田村は空間と時間を旅する。詩集のタイトルにもなっている「スコットランドの水車小屋」。

ときおり驟雨があった
アラレが降ったかと思うとだしぬけに青空がひろがった
三月の厳寒の緑の野をぬけると
川がながれていた
産卵期には歌をうたいながら北海から鮭の群れがのぼってくる
その川のほとりに
パゴダ風の乾燥窯と水車小屋と水車があってアヒルが二羽
十七世紀の動力を見張っている 水車は
紀元前一世紀に西アジアに出現し それから
中国とギリシャへ そして中世のヨーロッパへ
水車も風車も自然の力を動力にかえた

 「水車」。その人間の発明した「動力」と鮭、とりわけアヒルの組み合わせが新鮮である。鮭もアヒルも人間のつくったものなどとは無関係である。「動力」がなんにかわろうが、鮭、アヒルにとって重要なのは、「動力」ではない。自然そのもの。川の流れそのものである。
 この絶対に融合することのない「動力」という人工物と鮭、アヒルという「いのち」の衝突。それが時間を浮き彫りにする。そして、空間をも浮き彫りにする。ここでの空間は、つまるところ、人間の移動する「空間」、つながりの「空間」である。そういうものも鮭、アヒルには無関係である。
 この世界には、人間と「無関係」なものがあるのだ。
 もちろん「無関係」といっても、人間は川を利用し、風を利用し、つまり自然を利用して「動力」を手に入れるという「関係」をつくりあげた。そうやってできた「時間」が「空間」を越えて、世界へひろがり、そのひろがる速度がまた「時間」をつくった。そういう時間・空間のなかに人間は生きている。
 そして、それを鮭、アヒルは「無関係」に見ている。

 人間のつくりだしたものは、自立する。そこに、たぶん問題がある、と田村は考えている。
 詩の中盤。

それから二百年後の進歩と発明の世界は
蒸気機関と電力が人間を支配し 水と風は死に
川には鮭ものぼってこない失われた鮭の歌
ロンドンのテムズもパリのセーヌの掘割も
世紀末の芸術家のように死んだふりをして
二十世紀には石油の大戦争が二つもあって
大量生産大量消費は大量殺戮の銅貨の表裏
どっちが出たって 人間に勝ち目はないさ

 「蒸気機関と電力が人間を支配し 水と風は死に」は強烈である。死んだのは「水と風」だけではなく、人間も死んだのである。「支配」しているのは人間ではなく、人間がつくりだした「動力」であり、それは自立してどんどん拡大する。「蒸気機関」から「電気」へと、急成長する。それはある意味で、「第二の自然」である。人間のおもわくなど気にしないで、つまり「無関係」に自立して成長する。拡大する。この「無関係」とは「非情」ということでもある。「非情」というのは人間を考慮しない、ということである。
 自然も人間を考慮しない。たとえば水車をみつめるアヒルは人間を考慮しない。「非情」である。しかし、自然の「非情」がユーモアであるのに対し、人間が創造した「動力」の「非情」はただ人間を破壊するだけである。
 こうした「動力」と人間の「無関係」を田村は批判している。

 後半。

ぼくたちが
歌をうたいながらパンを得たいなら
ただ一つ
自然と共存することだ ほんとうに
ぼくたちの都市が建設したいなら自然を豊かにすることだ
もう一度 自然の創造的な力をかりようじゃないか
水と風と太陽から

風見鶏さえ人間の手の形をしているプレストン・ミル
十七世紀の製粉所

 「ぼくたちの都市が建設したいなら自然を豊かにすることだ」。この逆説。この矛盾。いつでも「思想」は矛盾のなかにある。「共存」とは、「無関係」を否定することだ。「無関係」を破壊し、「関係」に戻る。
 「自然から創造的な力をかりる」と田村は書いているが、これは「かりる」というよりも、人間が「自然」にもどる、立ち返るということだろう。いま、もっているものを捨てる。「動力」の自立を捨てる。

 田村は、そういうことを夢見ている。

 --こういう詩の読み方は、あまりにも「意味」に支配されすぎているだろうか。たぶん、支配されすぎている。楽しい読み方ではない。
 そうは思うけれど、こういうふうにしか、私にはこの作品を読むことができない。
 初期の作品は、ことばが自立していた。ことばが意味を拒絶して自立していた。
 この時期の田村のことばは、一方で「意味」を見据え、「意味」と戦っている。そして、それが「意味」に溺れてしまわないように、必死になっている。旅をして、アヒルや鮭を発見し、驟雨を発見し、「無関係」なもので、世界をかきまぜようとしている。「無関係」がそのままいきいきしている「世界」を取り戻そうとしている。
 私には、そんなふうに感じられる。




泉を求めて―田村隆一対話集 (1974年)
田村 隆一
毎日新聞社

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