詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎「こころのうぶ毛」

2009-06-06 18:06:24 | 詩(雑誌・同人誌)
谷川俊太郎「こころのうぶ毛」(「朝日新聞」2009年06月06日夕刊)

 谷川俊太郎の不思議さは、どこにでもあることば、だれもがつかうことばなのに、いつも新鮮だということだ。「こころのうぶ毛」。その1連目。

隠れているこころ
誰も知らないこころ
自分でも気づいていないこころ
そのこころのうぶ毛に
そっと触れてくるこの音楽は
ごめんなさい
あなたのどんな愛撫(あいぶ)よりも
やさしいのです

 「自分でも気づいていないこころ」。こころだけに限らず、自分で気づいていないことというのはいろいろある。そのいろいろあるなかでも「こころ」に目を向け、そのあとが面白い。

こころのうぶ毛

 「こころ」がとたんに「形」のあるものにみえてくる。それも赤ちゃんのように無防備で、まだ何にも傷ついていないものに見えてくる。そして、そのあと、

そっと触れてくる音楽は

 と、突然「主語」が変わる。びっくりしてしまう。「こころ」が主語だとばかり思っていたが、音楽が主語にだったとは。
 この主語の交代をさらに印象付ける、

ごめんなさい
あなたのどんな愛撫よりも
やさしいのです

 あ、びっくり。私がいて、「あなた」がいて、ここにはいない「もうひとり」がいる。その「もうひとり」は、「隠れていたあなた」「誰も知らないあなた」「自分でも気づいていないあなた」だ。あなたの音楽が、あなたよりもやさしくこころのうぶ毛を愛撫する。「あなたのこころ」が「私のこころ」に触れるのだ。
その「ここにはいないあなた」が無防備な「こころのうぶ毛」という、それまで存在しなかったものを引き出し、触れてくるのだ。「無」が存在にかわり、存在が関係にかわる。あたらしい「世界」が誕生し、「世界」が動いていく。
それは「世界」というより、「宇宙」かもしれない。
2連目に「宇宙」ということばが、とても自然に出てくる。

宇宙が素粒子の繊細さで
成り立っているのを
知っているのは
きっと魂だけですね
あなたのこころは
私の魂を感じてくれますか?

 無→存在→関係→宇宙。その運動のなかで、「主語」がまたかわる。「私」「私の魂」が前面に出てくる。
 この「私」「私の魂」は、そして自分の力で生まれてきたのではなく、「音楽」によって育てられたもの。「愛」ということばはつかわれていないけれど、「私」「私の魂」は音楽の愛を感じ、そのことによって生まれ、大きくなった。愛が「私」「私の魂」に自信を与えたというとおおげさかもしれないけれど、「私」に愛の告白をさせる。
 愛の交流がここにある。愛そのものの成長がここにある。

 なんでもないことばで始まった詩。そのなかでことばがどんどん強くなる。誰にも負けない力を持つようになる。ことばの変化が、「私」の変化にもなる。愛の告白までしてしまう――その変化、ことばの変化が、とても自然で新鮮だ。美しい。



これが私の優しさです―谷川俊太郎詩集 (集英社文庫)
谷川 俊太郎
集英社

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川口晴美+渡邉十絲子『ことばを深呼吸』

2009-06-06 09:29:29 | 詩集
川口晴美+渡邉十絲子『ことばを深呼吸』(東京書籍、2009年05月20日発行)

 詩をどうやってつくるか--その実践テキスト。実際のワークショップ(授業)を踏まえているので、とてもわかりやすい。ふたりがこのテキストで強調していることは2点ある。「はじめに」という文に端的に書かれている。

(1)言葉をつかうということは、本当はとても楽しく、このうえなくおもしろい経験です。
(2)言葉は、自分の思っていることや考えていることを表現するための道具であり、他人とコミュニケーションをはかるためツールですが、そのようにつかうためには、まず自分のなかから豊かに言葉が湧き出て、言葉が自由に動く、そういう心の筋肉のようなものが、ちゃんと鍛えられていることが大切。

 この2点を、少しずつバリエーションをかえながら二人は実践していく。特に大切にしているのが、ことばの自由な動きである。

 言葉が自由に動く。

 と書かれている部分である。
 これは、自由に動かせるようになれば、どんなことだって表現でき、楽しいという意味ではない。
 ことばは、あるとき、発言者の「思い」とは無関係に自由に動いていくときがある。そして、発言者が何かを「発見」するのではなく、ことばがことば自身で何かを発見するのときがある。

 あらかじめ書こうとするテーマやメッセージなどなくても、知っている言葉や目についた言葉を並べて、あなたらしく組み合わせているうちに、自分のうちに潜んでいるものが見えてくることがあるのです。

 ことば自身が何かを発見する。けれど、それは、ほんとうは「あなた」(じぶん、書き手、発言者)のうちに潜んでいたもの。それは、言い換えると、何かを発見するというより、自分の可能性を発見することでもある。
 この「可能性」を詩人になれる可能性と、二人は「ひそかに」主張している。

 とてもわかりやすく、とても楽しい一冊である。タイトルの『ことばを深呼吸』の「深呼吸」もいい。胸に深く吸い込んで、体のすみずみに行き渡らせる。体のどこかが新鮮になる。そして、そのよろこびのまま、ことばをもう一度吐き出す。そのとき、ことばは「あなた」の肉体の何かを持って、外に出てくる。

ことばを深呼吸
川口 晴美,渡邊 十絲子
東京書籍

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『田村隆一全詩集』を読む(106 )

2009-06-06 01:05:18 | 田村隆一


 『全詩集』に「単行詩集未収録詩篇」がおさめられている。戦前(1939~1942年)の作品。「インクと人造肥料」。

トランプは無意識に鏡をバラマキ
ルージュが午後の装飾を考慮する
笛に似て空がブラウスのやうに落ちてくると
羽をソメてトンボなどが
ハイ・ヒールをふみつぶす

 ことばがぶつかりあって乱反射する。ことばとことばの衝突からイメージが自律して動きだすのを待っている感じがする。
 まだ、ほんとうに書きたいのは何なのかわからず、ことばを手さぐりしている感じがする。

 「馬のピストル」には、おもしろい行がある。

蒼白い雨の角度から
燃え上がる植物たちは
暁の来るのを忘れてゐたが
時間が
沈んでゐる魚族の思想を剥ぎとる

 「雨」と「燃える」。水と火。「矛盾」の芽が、ここにある。




5分前 (1982年)
田村 隆一
中央公論社

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コメント (1)
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