詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

斉藤倫『本当は記号になってしまいたい』

2010-08-08 12:37:52 | 詩集
斉藤倫『本当は記号になってしまいたい』(私家版、2010年05月05日発行)

 斉藤倫『本当は記号になってしまいたい』は「対話」で構成された詩集である。そしてその対話の特徴は「すれ違い」である。ことばはきちんと「意味」をかわし合っているのだが、その結果、そこから何かが生まれるということはない。
 「Wash in the Sahara」という作品。

「サハラ砂漠の洗濯指数って
 きっとすごく高いよね」
「そうね」
「だけど
 水がないからけっきょく洗濯できない」
「あー」
「ずっとそういうかんじなんだ
 オレの人生」
「洗濯はしたほうがいいよ」
「しています それはたとえ話」
「よかった でも
 世の中のあらゆることは
 かならずほかの何かのたとえ話になってるよね」
「洗濯をしてるのは本当だよ」
「よかった でも
 それもきっと何かのたとえ話になっているのよ
 ざんねんだけど」
「勇気とか?」
「愛とか」
「裏切りとか」

 ことばは、「あー」というような、ことばにならないことばを挟んで、それでもことばになろうとしている。そのとき、斉藤は「たとえ話」というものを思いつく。
 「たとえ話」というのは、「本物」の話ではない。本物がどこかにあり、それの「代用」である。それは「本物」じたいでは見えにくいものを、少し角度をかえることで見えやすくしたもの、といえるかもしれない。
 そのとき「本物」と「たとえ話」のあいだに、すきま、距離がある。その距離が「すれ違い」である。すれ違うこと、衝突しないことによって、距離があるということがわかる、ということもある。
 そこでは何も起きない。
 何かが起きると、それにあわせて人間は変わってしまうものだけれど、何も起きないので斉藤も変わりようがない。何もそこからは生まれてこない。
 生まれてこないのだけれど。
 これからが、ちょっとややこしい。どう書いていいのかわからないのだが、かわらないことの「内部」において何かがたまりつづける。ことばをつなげればつなげるほど、ことばにならないものがたまりつづける。

「勇気とか?」
「愛とか」
「裏切りとか」

 斉藤は三つのことばを書いているが、「内部」でたまりつづけるものは、その三つのことばではない。三つ以外のことばである。それは、「正解」を探していけば行くほど遠ざかってしまう何かである。ことばは増えるけれど、そのことばではないことばだけが「正解」として遠くへ押しやられる。
 その結果、「すきま」が拡大する。
 拡大する「すきま」を斉藤はみつめていることになる。
 もし、その「すきま」をきちんと埋め、「本物」と「たとえ話」がきっちり衝突することができるならば……そういうことばがあるならば、それは「記号」かもしれない。
 「記号になってしまいたい」を、私は、そういうふうに読んだ。
 「勇気」「愛」「裏切り」ということばだから「本物」と「たとえ話」がすれ違う。「何かのたとえ話」の「何か」を「勇気」「愛」「裏切り」という「わかることば」にするから、論理は虚無へ動いていくのだ。
 「すきま」を埋める何かなのだから、最初から「何か」を記号、たとえば「X」とか「A」というような「記号」にしてしまって、対話ができるなら、斉藤のみつめているものは変わってくるのだ。

世の中のあらゆることは/Xのたとえ話になっている

 Xではわからない、というかもしれない。それは、「いま」「ここ」にある「X」がひとつだからである。斉藤が書いているあいまいなものすべてを「ことば」ではなく「X」に置き換え、そのあとその「X」を割り出すための「数式」を作り上げれば、そこに「X」は「生まれなかったことば」として出現してくるはずである。
 でも、まあ、そんな面倒なことをしなくてもいい。
 斉藤はことばにならないことがあることを、ことば(対話)のなかで浮かび上がらせ、それで満足している。「X」が何であるかを解明してしまうと、「わたし」が変わってしまう。それは、ちょっと問題が大きいかもしれない。そうならないように、けれど、「距離」があるということだけははっきりさせたいのだ。
 「二人っきりでうたううた」という詩がある。この「ふたり」は「本物」と「たとえ話」のようなものである。とてもおもしろい部分がある。

「とんびってイカれてるね」
「そう?」
「うん。くるりと輪をかいて
 テムズ川の上を」
「テムズ川のテムズっていいなあ」
「テムのっていういみ?」
「テムたちっていういみでしょう」
「あ! シャーロック・ホームズが溺れてる!」

 そうすると、「シャーロック・ホームズ」というのは、「シャーロック・ホーム」たち、「シャーロック・ホーム」の複数形?
 この「数式」が「イカれている」かどうかは、わからない。わからないけれど、こういう「対話」をなりたたせる「二人」ということの意味、ことばは複数の存在のあいだでやりとりされ、ことばにならないものをひっぱりだすというのはおもしろい。
 「正解」なんて、どうでもいい。
 「X」の値など、求めなくていい。

 だいたい、ことばというものは「間違える」ためのものである。記号「X」になったら、間違えることができない。それでは、私はつまらないと思う。「記号になってしまいたい」書きながら、記号ではなくことばを書いている。斉藤は、どこかで間違えることの大切さを知っていて、逆説的に「記号になりたい」と書きながら、記号ではなく詩を、ことばを書いている--そう思う。




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高橋睦郎『百枕』(8)

2010-08-08 00:00:00 | 高橋睦郎『百枕』
高橋睦郎『百枕』(8)(書肆山田りぶるどるしおる、2010年07月10日発行)

 高橋睦郎『百枕』を読みはじめたとき、そしてその感想を書きはじめたとき、「日本語」について何かまとまったことが書けるかなあ。高橋がどんなふうに日本語を耕しているか、そのことについて書けるかなあ、とぼんやり考えていた。
 その思いは、いまでもときどきよみがえってくるけれど、そんなことはどうでもいいのかもしれない。ただ楽しければいい。そこに書かれていることばが楽しければいい。楽しいことだけを、「結論」をめざさずに、ただ書き流してみたい。

 「立春枕--二月」。「立春枕」ということばがあるかどうか、知らない。「初枕」もあるかどうか、私は知らない。あってもいいじゃないか、と思うだけである。

枕にも衾にも春立ちにけり

 これは、じっくり考えはじめると、変な句である。枕にも衾にも立春がやってきた。立春は、別に、枕や衾にやってくるものではないだろう。暦によって「立春」が刻まれるだけだろう--などというと、この屁理屈が面倒になる。
 「初枕」と書いた瞬間に新しい年のめでたい気分があふれてくるが、同じように「立春」(春立つ)と書けば、そこに明るい何かがあらわれてくる。
 「春立ちにけり」が、ほんとうに「春」そのものが「枕」や「衾」の上に立ち上がるように見えてくる。「けり」という強いことばの力のせいかもしれない。
 「切れ字」というのは、いいもんだなあ、と思う。
 世界を有無を言わさず断ち切る感じがする。そのことばの先には何もない。絶対的な空白がある。その絶対的空白と真っ正面から存在が向き合っている。そういう存在形式の力、存在形式を支える力が、「春」という抽象的(?)なものを、まるではっきりした「もの」のように感じさせる。「春」という「もの」が、立ち上がっているように見えてくる。
 枕にも衾にも春が来た--と散文的に書くと、「けり」の持っている絶対的な空白と立ち向かう力が消えてしまう。

豆打たれ鬼は何処に枕得し

 「立春」といえば、「節分」。「節分」といえば「鬼」。「あいさつ」の発句を踏まえながら動いていく高橋のことば。ひとり連歌の楽しい展開。
 そのなかでも、私は、この句が好きだ。この展開が好きだ。
 「鬼は外、福は内」ということばとともに追い出された(でも、ほんとうに追い出された? ほんとうは内に入ろうとして拒まれた?)鬼は、どこで寝るんだろう。どこでやすらぎを得るんだろう。その「寝る」「やすらぎ」が「枕」ということばになってやってくる。「枕」という小さな存在、その見知った形が、かなしみのように見える。

 俳句は抽象を具体的な「もの」のなかに凝縮させる。その瞬間が、詩、ということか。


 反句は、

春・枕・鬼の三題噺せよ

 「三題噺」がおもしろい。「噺」というのは簡単に言えばでっちあげ。こじつけ。こじつけなのだけれど--そのこじつけのなかには、ことばの連絡がある。むりやりこしらえた連絡がある。その「むりやり」と「こしらえる」という動きのなかで、ことばにならないものが「もの」のように凝縮する。
 あ、それは、「けり」について書いたときの絶対的空白と「もの」の関係に似ているかもしれない。
 「噺」の虚構、三つの噺をむりやりつないで、そこに関係をさらに捏造するとき、その捏造された運動は、絶対的な空白と向き合っている。

 詩というのは、絶対的な空白と向き合う力、絶対的な空白に抗い生成する力のことかもしれない。





語らざる者をして語らしめよ
高橋 睦郎
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