詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高橋睦郎『百枕』(19)

2010-08-19 11:46:47 | 高橋睦郎『百枕』
高橋睦郎『百枕』(19)(書肆山田りぶるどるしおる、2010年07月10日発行)

 「枕炭--一月」。「枕炭」ということばを私は知らない。しかし、文字を見た瞬間、見当がついた。炭をつかった種火、灰の下につつんで残しておく火のついた炭のことだろう、と思った。

跳ネ炭も更けて枕の欲しき頃

枕炭埋(い)け寝(い)ぬることのみ残る

 これは、雪国の、田舎育ちの私にはなつかしい光景である。炭はときどきはじける。最初は活気がある。けれど、だんだん静かになってくる。火鉢を囲んで活発に話していた話もだんだんけだるくなってきた。もう、寝ようか。種火の炭を大事に灰の奥に埋めた。もう寝るだけだ……。
 「枕炭埋け」ということばもあるし、たぶん、そのことだろう。

先づたのむ枕炭あり吹雪く夜も

 この「頼む」は「頼もしい」に通じる。同じだ。動詞と形容詞がかよいあい、ことばがふくらむ。豊かになる。こういう瞬間、何か、ほっとする気持ちになる。
 俳句のように短いことばの文芸には、こういうことばがとてもあっている。形容詞を動詞で言い換える。動詞を形容詞で言い換える。名詞を動詞で言い換え、動詞を名詞で言い換える。そのとき、意識が耕される。



 反句が、とても華麗である。

雪女郎目のさながらに枕炭

 あ、その目がなつかしい、たのもしい、なんて騙されて--あ、騙されてみたいねえ。しかし。
 いろっぽい。

 エッセイのなかに紹介されていた蕪村の句もとても好きだ。

埋火や終(つい)には煮ゆる鍋のもの

 灰の下に隠された炭の火。それは意外に力がある。無駄にしてはもったいないから鍋をかけておく。そうすると、その鍋がついに煮える。
 雪女の目の奥で燃えている「愛」も「憎しみ」も、そんな力を持っているかもしれない。



日本のこころ〈地の巻〉―「私の好きな人」
田辺 聖子,山折 哲雄,堺屋 太一,高橋 睦郎,平山 郁夫
講談社

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谷川俊太郎「電光掲示板のための詩・2」

2010-08-19 00:00:00 | 詩(雑誌・同人誌)
谷川俊太郎「電光掲示板のための詩・2」(「現代詩手帖」2010年08月号)

 谷川俊太郎「電光掲示板のための詩・2」は「A」(縦書き)「B」(横書き)の2種類がある。「A」の方が読みやすく、おもしろいと思った。しかし、それは内容を吟味してそう思ったのか、それとも最初に読んだものの方が印象が強かったのか、その区別が私にはつかない。--と書いてしまうと、とてもいいかげんなことを書いているような気持ちにもなるのだが、この詩は「電光掲示板のための詩」なのだから、そもそも「吟味」などしてはいけないのかもしれない。谷川俊太郎は、前にも「電光掲示板のための詩」を書いているが、そのときは、感じなかったのだが、今回は突然、この詩は吟味とか熟読とかしてはいけないものなのだ、と思った。文字そのものが電光掲示板のドットのように印刷されているので、それが電光掲示板を強く印象づけ、電光掲示板の特質に急に気がついたのだ。あるいは電光掲示板の特質というより、電光掲示板を見つめるときの、私の姿勢に気がついた、ということかもしれない。
 「電光掲示板」を他のひとはどんなふうに見つめるのか知らないが、私は、それを繰り返し読んだりはしない。読むのは一回きり。同じことばが繰り返されたと、あ、さっきと同じことだ、もう終わったのだ、と思う。そして、何かの機会があってまた同じ内容の電光掲示板を見ると、何も変わっていない。はやく新しいのに切り換えろよ、と思ってしまう。
 ことばは、そこではつかい捨てられるのだ。
 書かれた文字(ことば)は繰り返し読まれるためのものである。私はそう思っていたが、電光掲示板はそうではない。繰り返し読まれたりはしない。読み捨てられる。
 これをことばの方から逆に見つめると、電光掲示板の文字(書きことば)は、文字ではあるけれど文字ではない。繰り返し読まれ、そのことによって深まっていくことばではない。文字(書きことば)ではあるけれど、それは「声」なのだ。次々とあらわれ、消えていく声、一回かぎりの声。
 そして、その声は、谷川俊太郎の書いたものであるけれど、谷川俊太郎の声ではない。こんなことを書くと谷川俊太郎に叱られるかもしれないが、その声は電光掲示板の声そのものなのである。

 変な譬えになるかもしれないが、今回の作品を読んだとたん、私はキューブリックの「2001年宇宙の旅」のコンピューター「ハル」を思い出した。メモリーを外されながら、最初に覚えた「デイジー」の歌を歌うシーンを思い出した。私はあらゆる映画のなかで、このシーンがいちばん好きで、見るたびに涙が出てしまう。ハルに同情してしまう。ハルは機械なのに、その機械に「こころ」を感じ、どきどきしてしまう。
 今回の谷川俊太郎の詩を読んだとき、谷川俊太郎を忘れ、目の前に電光掲示板そのものがあらわれ、電光掲示板が、自分自身で(ハルように)、文字を流している、と感じた。文字(書きことば)なのに、書くのではなく(印刷するのではなく)、そこに「定着」させるのではなく、流している。声のように、新しい「ことば」が古い「ことば」をかき消しながら、次々に消えていく。消えていくことを自覚して、ことばを発している。
 定着ではなく、消えていくことを受け入れている文字--それが電光掲示板の「ことば」なのだ。
 その「ことば」になりかわって、谷川俊太郎が語っているだが、あまりに完璧なのなりかわりなので、それが電光掲示板の「声」に聞こえてしまう。

僕は長い長い一行です。僕は僕の生まれるずっと前から始まっているのですが、生まれる前僕は言葉をもっていませんでしたから、そのころのことを記述できないのがもどかしいのです。僕は長い長い一行です。ほんとうは句読点もない一行ですが、夜眠っているときの意識はもしかすると僕を離れてどこか知らないトポスへと彷徨い出ているかもしれないので、テンやマルで自分を繋ぎ止めておく必要があるのではないかと僕は感じています。

 ここには「声」、消えていくという性質を強く自覚したことばの運動がある。「僕」の繰り返し。「僕」だけではなく、最初の「長い長い」ということばのなかにある重複そのものが、すでに消え去ることを自覚している。消え去るものを強調するには、繰り返すしかないのである。消え去ることばを消え去るにまかせるのではなく、常に呼び返す。繰り返しに見えることばは、実は繰り返しではなく、呼び換えしなのである。呼び返すこと、消えていくものを、「いま」「ここ」に呼び戻し、生き返らせる、いや新しく生まれなおさせるという運動を、谷川俊太郎は掲示板のことばにさせている。
 谷川俊太郎のことばが運動しているのではなく、谷川俊太郎が電光掲示板にそういう運動をさせている。私は実際の展示を見ていないのだが(「現代詩手帖」で印刷された文字を読んでいるだけなのだが)、強く、そういうことを感じる。
 電光掲示板が、消えていく文字、声のように次々に「いま」「ここ」から消えていくことばを呼び返しながら、動いていく。
 「僕は長い長い一行です。」という、一回読めばわかることばは繰り替えされ、繰り返すことで、同じことしか言っていないということを強調した上で、長いことばを一気に読ませる。それは、もう一度読まないと正確には把握できないようなことなのだが、大丈夫、繰り返し読まないでも、もう一度ことばがことばを呼び返すように動くからと言い含めるようにして、違うことを(違う文字を)押し流す。それは、「僕」はひとつのことを何度でも何度でも何度でも、別なことばで繰り返しながら、ひとつのことをいいつづけるというのに等しい。
 で、その「ひとつのこと」とは。
 「僕は長い長い一行です。」これだけだ。いくつものことばが、「僕は長い長い一行です。」を否定するように、動いていく。動いていくけれど、結局「僕は長い長い一行です。」という以外のことは言わない。その「長い長い」のなかには、すべての逸脱が吸収され、同時に捨てられる。何かおもしろそうなこと、特別なことを言ったようだが、それははっきりとは思い出せない。その思い出せないことのなかに、詩と呼びたい何かがあるのだけれど、それは電光掲示板に文字が流れている瞬間だけ、あ、これだ、と思って見つめるしかない。
 私が、いま、ここでこうして書いている感想のなかに閉じ込めるようなことではない。紙の上、あるいはネット上でもいいのだが、それは定着させてはいけないのだ。定着させると、それはきっと詩ではなくなる。
 私がここで書き記していい感想、定着させていい感想は、たぶん、次のようになる。

 長い長い、そしていくつもの逸脱が、結局「僕は長い長い一行です。」という短いことばにおさまってしまうという矛盾。そこに、谷川俊太郎の「電光掲示板のための詩」の「詩」がある。
 それ以外はナンセンスな感想になる。

 --そんな具合に、私のことばは谷川俊太郎のことばによって叩き壊される。こういう瞬間が好きで、私は詩を読む。
 谷川俊太郎の詩を定着させることばを私は何一つもたない--そう感じるときのよろこび。そこにあるのはただ谷川俊太郎のことばだけである、と実感するよろこび。それが詩を読むよろこびだ。

現代詩手帖 2010年 08月号 [雑誌]

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