詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

高橋睦郎『百枕』(27)

2010-08-27 13:48:07 | 高橋睦郎『百枕』
高橋睦郎『百枕』(27)(書肆山田りぶるどるしおる、2010年07月10日発行)

 「枕討--九月」。
 「枕討」は高橋の造語である。高橋がエッセイに、そう書いている。寝取られ男が、腹いせに枕を討つ、という「意味」である。
 私はこういう逸脱が好きである。それは逸脱であると同時に「誤読」である。不義・密通の話は昔からあるが、寝取られ男が腹いせに枕を討つということは、きっとだれもしていない。していれば、その行為に相当することばがあるはずである。ひとはだれでも自分のしたことは語りたいものである。実際にしなくても、したいと思ったことは語りたいものである。

雷(いかづち)を逐うて失せしを枕討

枕討人数踏ン込む露の宿

人憎し枕憎しや残る蝿

 「枕憎し」の「憎し」がおもしろいなあ。枕が何かをしたわけではない。何かをしたのはあくまで人間である。その人間が憎いのだけれど、そこに人間がいなければ、枕にやつあたりしてしまう。枕がなければ不義・密通はありえない。枕のせいで不義・密通がおこなわれる。
 --こんなことは、「誤読」である。
 でも、そんな「誤読」をしないことには、こころの行き場がないのである。「誤読」はこころを救済するのだ。
 もし、江戸時代に高橋が生きていて「枕討」ということばを書いていたら、きっと何人もの男が「枕討」をしたに違いない。
 ことばは現実を変えていく力を持っている。

人は逃れ枕は討たれ秋深む

 この「秋深む」はいいなあ。人事と自然は無関係である。男が枕に仇討ちをしている。それだ何かが変わるわけではない。まあ、男のこころはいくらか晴れるのかもしれないけれど、そんなことは「思い込み」(誤読)である。そういう「誤読」の世界のとなり(?)に「秋深む」がある。となりというのは、へんだなあ。「誤読」を呑み込む(受け入れ、消化して)、秋が深まっていく。

枕捨てて落チ行く先や夜々の月

 これもいいなあ。「枕捨てて」の枕は実際にある枕だね。そして、これから迎える夜ごとの枕はどうだろう。時に「草枕」、時に「肘枕」--ではセックスはできないか……。まあ、枕なんて、セックスはできるからね。と、いうことろが、おかしい。
 枕はいくら仇討ちされても、恋には関係ない。恋にはひびかない。
 さて、どうしよう。



 反句、

この枕なくばあらずよ秋の翳

 「この枕」か。どんなものでも、思いがこもると「この」と呼ばれてしまう。「この」女、「この」男がつかった、「この」枕。
 「この」はこの句には欠かせない。




日本二十六聖人殉教者への連祷
高橋 睦郎
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茂本和宏『あなたの中の丸い大きな穴』

2010-08-27 00:00:00 | 詩集
茂本和宏『あなたの中の丸い大きな穴』(ジャンクション・ハーベスト、2010年08月17日発行)

 茂本和宏『あなたの中の丸い大きな穴』には、わかりやすい詩とわかりにくい詩が同居している。
 「帰省」や「田に水を」は両親のことを書いている。ことばは、しずかに動いて、その静かさなのかに両親への愛情が見える。
 一方、詩集のタイトルになっている「あなたの中の丸い大きな穴」は、何が書いてあるかわからない。
 私は、そして、わからない詩の方が好きだ。どんなに「誤読」しても、「わからないから」と言い訳ができそうだからである。「わからない」をいいことに、思い付くままにことばを動かすことができるからである。
 全行。

あなたの中の丸い大きな穴が
ゆっくりと口から這い出て
私の腕にからみつく
腕に 肩に
身体中にからみついて
穴は
私の形に撓んでいく

ぽっかり撓んだ
丸い大きな穴
口から這い出た
あなたの中の丸い大きな穴に
身体ごと沈んでいく私
けれど
沈んでも
沈んでも
身体はあなたに届かない

あなたと
私と
ただそれだけのことが
こんなに傷んでいる

 「穴」を「あなた」のこころのなかの虚無--その比喩ととらえると、この詩は、とても読みやすくなる。その「穴」は、ことばにならないことばである。「あなた」は「私」に対して何かいいたいことがある。そしてそのいいたいことは、ことばにはならない。もどかしさ、言っても言っても、ことばでは埋めつくせない何かが、口から出て行く。そして、「私」の体にからみつく。でも、からみつくだけだ。1連目は、そういう状態を描いている。
 2連目は、それを「私」の方から描いている。「あなた」のことばにならないことば、虚無に「私」は身体ごとつつまれる。呑み込まれる。沈んでいく。けれど、「あなた」のことばはことばになっていないので、結局、「私」は「あなた」にはふれない。
 二人は触れ合わない。
 3連目。そして、二人は、触れ合わない、「ことば」と「身体」が、すれ違うことによって傷ついている。そう語る。

 だが、そんなふうに簡単に「比喩」をもちだしてきては、だめなのだ。「穴」を「ことばにならないことば」、その「欠落」という具合に整理しては、だめなのだ。それでは、詩はおもしろくない。

 真剣に「穴」を思い描いてみる。
 「穴」はどんな具合だろう。「穴」はたいてい「暗い」。奥に明かりがついていて、あかるい穴もあるかもしれないが、私は暗い穴を思い浮かべてしまう。「あなた」はそれを吐いている。
 詩では、穴が這い出てくる、と書いてあるが、私は「あなた」(女)が穴を吐いている姿を思ってしまった。穴はまわりがあってこそ穴なのだが、吐き出された穴はまわりをもたない。女の身体のなかにあったときは、身体が穴を支える周囲であったが、いったん吐き出されるとそれは、穴である要素を失ってしまう。
 それでも、穴、なのである。

 想像せよ。
 その不可能を想像せよ。
 周囲をもたない穴を想像せよ。

 できない。

 できないから、想像しなければならない。
 そうすると、穴のなかから(穴ということばのなかから)ただ黒いもの、暗いものだけが輪郭をもたずに見えてくる。
 穴--ではないのに、それを穴と呼んでみる。(ほかに、ことばを知らないので)

 そのとき、とても変なことが起きる。
 詩では、その穴に沈んでいくのは「私」(茂本)なのに、その「私」が茂本ではなく、いま、こうしてことばを書いている私になってしまう。
 穴を、存在しないものを、想像した瞬間に、その穴と関係している肉体は、茂本の肉体ではなく、私の肉体になる。
 私(谷内)が、私(谷内)の身体が沈んでいく。
 沈みながら、私は、その穴が、違ったものになっていると感じる。茂本が書こうとしていたものからずれてしまって、あ、いま、私の身体にあわせる形で、撓み、歪んでいる。変なものになっている。「あなた」の穴でも、茂本の穴でもなく、私(谷内)によって傷つけられ、どうしようもないものになっている、と感じる。

 そう感じながら--これから先が、また矛盾したことというか、変なことになるのだが、あ、この印象が「私(茂本)」が感じていることかなあ、とも思うのだ。
 私(谷内)と「私(茂本)」の区別がつかなくなる。それは「穴」が「あなた」のものであるかどうかわからなくなる、ということでもある。「私」が茂本であることは、(私小説風に読んではいけないのかもしれないけれど)、まあ、わかる。けれど「あなた」に関しては私(谷内)は何も知らないので、そこに書かれている穴も、いったい何を指しているのかわからなくなり、穴は、ほんとうは私(谷内)? とさえ思ってしまう。
 穴は「あなた」から吐き出された(這い出してきた)。それはほんとうか。そう見えただけで、ほんとうは、「私」から這い出したものではないのか。「私」が吐き出したものではないのか。

 ひとは、結局、自分のことしかわからない。自分のことしか語れない。
 「あなた」から穴が這い出してきたとは、だれが言ったのか。「あなた」が言ったのか。そうではなく、「私」が言ったのだ。
 そうであるなら、それは「私」なのだ。「あなた」から這い出してきた穴、「あなた」が吐き出した穴--それは「私」以外の何物でもない。穴が「私」であるから、穴に「私」は沈み込む。穴と「私」は一体になる。
 けれど。
 一方で、「私」は「私の身体」ということばで「私」を呼ぶ。それは「穴」ということばではない。齟齬が生まれる。矛盾が生まれる。その矛盾の中で、「私」と「穴」は傷つけあう。
 この矛盾が--傷つけあうという矛盾が、詩である。

 そして、ここまで書いてきて、私はふいに思うのだ。「帰省」も「田に水を」も美しい作品だが、そしてそこではやはり「私」と母、「私」と父は一体になっているのだけれど、その一体には「矛盾」がない。傷つけあう関係にない。それが、少し物足りない。静かに愛し合うのもいいけれど、どうしていいかわからず、ただ傷つけあうしかない向き合い方、矛盾の中でうごめくことしかできないもの--それが詩だなあ、と思う。
 「帰省」ではなく、「田に水を」でもなく、「あなたの中の丸い大きな穴」について書きたいと思ったのは、その作品の方が、私にはより大きな穴(わけのわからない詩、ことばにならろうとしてもがいていることば)に感じられたからだ。 




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