詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

神尾和寿「過去形」

2011-07-19 23:59:59 | 詩(雑誌・同人誌)
神尾和寿「過去形」(「ガーネット」64、2011年07月01日発行)

 きのう、金勝熙「ヘソのための恋歌Ⅰ」に触れて、「過去完了」などということばにであったせいだけではないと思うのだが……。
 「過去」が出てくる詩が、ふと印象に残った。

ものごとが起こる瞬間に
そのことを同時に語るのは 無理だろう
夏の河原に
仲良しの みんなが仕事のあとに集まって
花火を見上げる
弾けると
もう
思い出か
帰りの満員電車のなかで
痴漢行為に走ったのも
思い出か
軽快にふるまった中指と人指し指の先端を見つめる
君の
声が出ない
すかさず
ながい睫毛
その次の次の 花火

 きのう読んだ「過去完了ではなく、現在進行形」ということばを思い出してしまうのだ。「過去」というのは、ない。ことばは「声」にしてみると一番よくわかるが、いま、ここにあるだけである。「過去」のことを語るにしても「声」の存在は「いま」そのもの。「いま」のなかに「過去」を呼び出すのが、ことばなのである。
 と、書いて、……。

ものごとが起こる瞬間に
そのことを同時に語るのは 無理だろう

 これに似たことばを、季村敏夫は『日々の、すみか』に書いていた。阪神大震災のときの詩である。「出来事は遅れてあらわれる」。出来事(事件)とはことばで反芻されて、出来事として見えてくる。真実の姿が見えてくる。
 何かが起きたとき、それをすぐにことばにすることはできない。語ることはできない。そうすると、「いま」のなかに「過去」を呼び出すのがことばの仕事というよりも、「過去」をおいかけて、「過去」を動かし、「過去」を「いま」にするのが、ことばの仕事なのかもしれない。
 まあ、どっちでもいい。
 どっちでもいい--というのは、私特有のずぼらな考え方なのかもしれないが、どっちでもいいとしかいいようがない。
 なぜなら(と、ちょっと気取って書いてみる)、「いま」、ある「過去」を思い出すとき、「いま」と「過去」とのあいだにある「時間」がどれくらいの距離(?)なのか、わからない。「ぴったり」重なったとき、「過去」は「リアル」になるし、「いま」のテーマが深刻になる。
 具体的に言うと。
 たとえば、いま読んでいる神尾の詩に書かれている「過去」、あるいは「思い出」は「いつ」のことだろう。仮に、「いま」を7月19日と仮定してみる。(実際に詩が書かれたのは、きょうより前だから、この仮定はあくまで仮定である。)夏の河原は、いつの河原?  7月18日? それとも去年? あるいは5年前? わからない。神尾は分かっているかもしれないが、それは無理矢理「時計」を引っ張り出すから分かるだけであって、そのわかったはあまり意味がない。あれから何年たったというのが、詩のテーマではない。何年たっていようが、リアルに思い出せるということが重要だからである。
 「いま」と「過去」が重なって動くから、詩になるのだ。

 それにしても、ここで書かれている「時間」はおもしろい。
 「いま」と「過去」のことに関して言えば、花火が打ち上がり、それが消えると、もうそれだけで「花火を見た」という「思い出」になってしまう。「思い出」として語ることができる。「過去」が生まれてしまう。

ものごとを語った瞬間
できごとがことばと同時に起こり いまが過去になる

 そして、「過去」になったはずなのに、ことばのなかでは、その「過去」が「いま」として動いてしまう。「いま」しか存在しない。「過去」なのに「いま」、そこにあるようにして、神尾を苦しめる。あるいは、甘い気持ちにさせる。「いま」と「過去」の区別がつかないように、感情の区別もつかなくなる。
 そして、すごいことが起きる。

君の
声が出ない
すかさず
ながい睫毛
その次の次の 花火

 あ、これは、「過去」ではない。これから起きることだ。「未来」である。「その次の次の」ということばが「未来」をあらわしている。「過去」なら、「その前の前の」である。
 まだ起きていないことを、ことばは「起こしてしまう」のである。

ものごとを語った瞬間
できごとがことばと同時に起こり いまが未来になる(未来に進んで行く)

 睫毛の先で、小さな水の雫の花火が開き、どんなふうに散ったのか--それは「過去」のことだから書くことができるけれど、あえて神尾は書かずに、単に「過去形」と呼ぶことで、逆にこれから起きる「未来」として指し示す。
 過去未来形(?)とでも言えばいいのかもしれない。
 ことばのなかで、ことばの「いま」のなかで、「過去」と「未来」はぴったりと重ね合わさり、結晶のように純粋になる。




七福神通り―歴史上の人物
神尾 和寿
思潮社



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