詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

粒来哲蔵「花蟷螂(はなかまきり)」

2014-05-01 10:26:22 | 詩(雑誌・同人誌)
粒来哲蔵「花蟷螂(はなかまきり)」(「二人」306 、2014年05月05日発行)

 粒来哲蔵「花蟷螂(はなかまきり)」はハナビラカマキリとも言う。「インド、マレー半島に棲む、鎌腕や脚に葉片状のひらひらをつけて虫を誘う」と粒来が注釈をつけている。なぜ、そんなことをしているかというと、色が白くて目立つため、そのままでは虫がとれない。自分の姿を隠す必要がある。そのことを粒来はこんなふうに書く。

 そこで総ゆる外部器官の、一見無用な襞々や脛毛の如きもの、眼瞼の縁の、風に吹かれてそよぐ睫毛のようなものにまで、無闇と成長を促してきた。けだし手作りの虚の遮蔽物によって実を隠そうとするのだ。

 うーん、唸ってしまったなあ。
 蟷螂が自分の姿を見て、偽装を考えた--ということに感心したのではない。それがほんとうかどうか知らない。私が「うーん」と唸ったのは、

けだし手作りの虚の遮蔽物によって実を隠そうとするのだ。

 この部分の「虚」ということばのつかい方。
 「虚」と言ったって、それは「むなしい」ものではない。存在しないものではない。実際に、それは存在する。これは「流通言語」では「偽装」というのではないのか。(昆虫の世界では「擬態」かな?)「偽装」は「虚」ではなく「実」である。「実」であるからこそ、白いからだを覆い隠し、それを「見えない」かのようにしてしまうことができる。存在しないものには、ものを覆い隠すということはできない。
 この存在するものを「虚」と呼ぶ癖、「偽」を「虚」と断定してしまう癖は、もしかしたら粒来の「思想(肉体にしみついた本質)」かもしれない。存在するのに「虚」と呼ぶことで、それを現実から解放する。「偽」をしばりつける現実の規則を解き放ち、現実の規則にに縛られずに動けるものにしてしまう。
 「虚」の運動をつくりあげていく。そして、粒来はこの「虚の運動」を「存在」と感じている。現実には存在しないのだが、存在しうるものとして提示する。ことばは、まだ存在しないが、存在しうるものを表現できる。その存在しないものを存在として描き出すところに、ことばの「肉体」の意味がある。存在しないものにたどりつかなければ、ことばは運動したことにならない--とでも主張しているようである。

     仮りに小虫をしとめたとしても、それをどうやって口の辺
りまで搬ぶのかを考えざるを得なくなる。
 鎌と口との間にばら撒かれた装飾音符の如き襞の数々、一つ一つが
彼が生きる為の器官あるいは補助器官とはなりようもないがらくたや
余計者達。身を隠す為に用意された本体をそれと知らさしめることの
ない、つまり虚飾の甍の波の上を、腕やら脚やらにうすい襞の片々を
くくりつけられた本体が、苦労して餌を口に搬び入れる。

 蟷螂は餌の小虫をつかまえても、ふつうの蟷螂のようには小虫を食べるのが簡単ではないそうである。いろいろな偽装のための飾りが邪魔するらしい。
 書いてあることは、わかる。
 わかるけれど、変でしょ?
 小虫をつかまえるまでは「虚」の遮蔽物だったものが、その小虫を食べようとすると「実」の障害物になる。で、その障害物は、そのとき、まるで「脇役」ではなく、蟷螂の「主役」のように見えてくる。
 「装飾音符」や「虚飾の甍の波」ということばが、蟷螂と同等の感じで私の意識をひっかきまわす。蟷螂の生態を見ているのか、粒来の描写に攪乱されているか、わからなくなる。
 「偽装」ではなく、粒来が最初に書いた「虚」を延長する形で「虚飾」ということばを引き出しているからかもしれない。ことばが登場する順序は逆なのだが、この「虚飾」を最初に思い浮かべると「装飾(音符)」も「虚飾」に見えてくる。
 実体の「本質(?)」を離れたものは「虚飾」、いや「虚」なのである。でも、「虚」はあくまで「実体」のための、仮の存在である。しかし、その仮の存在、ほんとうはなくてもいいはずのものが、暴走する。ことばとなって、実体に意地悪(?)をする。邪魔をする。--このとき、それはほんとうに邪魔なのかどうかはわからないが、ことばのなかでは邪魔者として明確に書くことができる。
 その結果、「苦労して餌を口に搬び入れる」と書いてあるのを読むと、食べることに苦労している蟷螂というよりも、食べることを邪魔している「虚」の存在が目立ってくる。「虚」の自己主張に、へええ、と感心してしまう。
 これは「虚」の自立といえばいいのだろうか。
 
 今しも口に餌を搬び入れた腕の如きものが虚飾の襞の一枚なのか、
あるいは本来の腕そのものなのか、花蟷螂にも判らない。時折食うの
を焦って腕を噛むことがあるが、噛んだものに血が滲めば本来の腕と
自覚する。

 「虚」はどんどん暴走する。
 作られたものが「虚」か「実」か見分けることがむずかしいのは、それを作らなかった側であるこの詩の世界で言えば、小虫にはそれを見分けることができない。だからだまされた。けれど装飾を作った蟷螂がそれを見分けられないということはありえない。噛んでみて、血がでたから本物であると自覚するというのは、誰がそれを作ったかを無視してことばが動いているからである。血が出たから本物と判断するのは、だまされている側の方である。だいたい「血」という目に見えるものの前に、噛んだら「痛い」。触覚の世界があるはずだが、粒来は、ここでは、その問題に踏み込まない。この作品の「虚」は「視覚」に対する「虚」である。だから「血」、赤い存在、目に見えることが必要なのだ。目に見えてこそ、「判断」を共有できる。蟷螂とも、蟷螂を見ている人とも。
 そんなものは、共有する必要のないものである。けれど、粒来は共有させる。共有するとき、その「虚」はほんものになるからである。
 そして、その混乱(あるいはごまかし?)のことばの運動のなかで、自覚と判断の基準がごちゃごちゃになっている。血が出ているからほんものと判断するのは蟷螂ではなく、他人。血が出ているからほんものと自覚するのは蟷螂。この蟷螂の自覚を、あたかも読者自身が「自覚」と勘違いしてしまうように、すばやく「自覚」ということばを出すところに、粒来の「ことばの肉体(思想)」がある。
 粒来のことばは、いつでも読者を先回りしている。
 最初に書いてある「虚の遮蔽物」の「虚」。これは、先に書いたように「偽り」の遮蔽物である。それを「偽り」と書かずに「虚」と呼んだ瞬間から、粒来は読者を誘導しているのである。

 と書いても、これは粒来の作品を批判して書いているのではない。
 「虚」を実のように存在させ、動かし、主客を入れ変えるとき、「自覚」と「判断」という基準がずれてしまう。ずれてしまうまで、ことばを動かし、じゃあ、どこがずれているのかということを、読者に簡単には言わせない。
 つまり、そういうところまでことばの運動を堅牢なものにする。それが粒来の思想なのだ。そして、それが粒来の詩なのである。


蛾を吐く―詩集
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中井久夫訳カヴァフィスを読む(40)

2014-05-01 06:00:00 | カヴァフィスを読む
中井久夫訳カヴァフィスを読む(40)          

 「店のためには」は宝石店の店員を描いている。彼は一つ一つを美しい花のようにあつかっている。

紅玉のバラ、真珠のユリ、
紫水晶のスミレを--、

自然の姿、化学の通りでなく
おのれの好み、おのれの思うとおりに

それぞれの美についてのおのれの考えに従って。
こちらは傷つけぬようにしてずっと蔵っておく。

 この詩にも「主観」が動いている。「おのれの好み」「おのれの思うとおり」「おのれの考え」。「おのれの」が繰り返されるたびに、「彼」の姿が見えてくる。「おのれ」を主張する強い欲望が浮かび上がってくる。「彼」がその店にいるというよりも、「彼」の内部に生きている「欲望」そのものが見えてくる。

おのが大胆さ、わが技巧の極致の見本だもの。

 彼は宝石を売ろうとしているのではない。彼自身の欲望を売ろうとしている。男色家なのだ。宝石をあつかう手つきを見せている。手--そして、その手につながっている肉体そのものを誇示する。大胆としかいいようがない。その肉体の見せ方を、彼は「技巧の極致の見本」と自分で言っている。何度も成功しているのだろう。
 この行でおもしろいのは、「おのが」と「わが」という二つの区別である。「おのが」は「おのれ」を引き継いでいる。しかし「わが」は違う。
 「おのが」は「内面」があふれてきたもの。「おのれが」ということばといっしょに動く「好み」「思う」「考え」も内面である。「大胆」も内面。それに対して「わが技巧」の「技巧」は内面ではない。むしろ外面である。外側にあらわれた、目に見える動き。人に共有されたことがある「外面」が美しい。その技巧的外面で、彼は客を誘う。
 最初、宝石は石の名前で呼ばれている。しかし、最後には、

おれは他のものを売ろうと持ち出す。
第一級じゃあるが、装飾品--腕輪、鎖、ネックレス、指輪を。

 装飾品は、それが肌に接するものであることを意味する。肌とは切り離せない。宝飾品を売ることは、彼にとっては肌を、自分自身を売ることなのだ。
 「第一級じゃあるが」という中途半端なことばがそれを暗示する。第一級じゃあるが、「わが肌」よりは劣る、と彼は言っている。
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