詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

やっぱりね

2016-12-05 19:11:05 | 自民党憲法改正草案を読む
やっぱりね
自民党憲法改正草案を読む/番外48

 2016年12月05日毎日新聞夕刊(西部版・4版)一面。「「1回で解決できず」/日露首脳会談で安倍首相」という見出し。

 安倍晋三首相は5日の政府・与党連絡会議で、北方領土問題を含むロシアとの平和条約締結交渉について「1回の会談で解決できるような問題ではないが、着実に一歩一歩前進させていきたい」と述べた。首相は、15日に来日するロシアのプーチン大統領との首脳会談に触れ、「静かな雰囲気の中で胸襟を開いて率直に議論する。元島民の方の気持ちを胸に刻み、信頼関係のもとに前進させたい」と述べた。
 これに先立って首相は、官邸を訪れた岸田文雄外相と会い、プーチン氏から首相への親書を受け取った。(略)

 とある。「親書」の内容には触れていない。
 12月15日、安倍の故郷・山口県で「日露首脳会談」をやる意味は、もうなくなった。単なる顔合わせ。アピールするものが何もなくなった。

 そういう問題は問題として。
 「静かな雰囲気の中で胸襟を開いて」ということばに「やっぱり」と私は思う。12月05日の読売新聞の社説の末尾、「プーチン氏の来日は、静かな雰囲気の中で迎えたい」とことばが重なる。
 このとき「静かな雰囲気」とはどういうことか。
 露骨に言えば、「安倍を批判するな」である。安倍批判が渦巻く中で首脳会談が行われれば、ロシアの有利になる。「日本の主張は、安倍の主張で一枚岩になっている」という印象を与えないといけない、ということだろう。
 で、そういうことを言う時に、報道のことばと安倍のことばが重なってしまうのはどういうものだろう。
 「報道規制」の一種と感じるのは私だけだろうか。
 天皇の「生前退位」は各新聞社が「退位」ということばで足並みをそろえた。
 安倍を批判しないことを「静かな雰囲気」という、とてもあいまいな、「いい感じ」のことばで押し付けようとしていないか。

 私は、こういう「主張」を強く感じさせない表現がとても危険だと感じる。多くの場合、見過ごされるからだ。なにげないことばにこそ気を付けよう。
 (私が「詩人が読み解く自民党憲法案の大事なポイント」で書いたのは、そういうこと。「緊急事態法案」は目に見える変更。目に見えにくい変更が、あらゆるところに張り巡らされている。見えにくいから、気が付いたらがんじがらめになっている、ということになる。「静かな雰囲気」に対して「反対」と声を荒げる人は少ない。私は大声でいう。「静かさ」は民主主義を否定する。)
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布村浩一「少し運のわるい日」

2016-12-05 10:30:48 | 詩(雑誌・同人誌)
布村浩一「少し運のわるい日」(「詩的現代」19、2016年12月発行)

 布村浩一「少し運のわるい日」はとてもおもしろい。

「写真家ソール・ライター 急がない人生でみつけた13のこと」
という映画を観に行ったが
映画館の前の席に
すわった二人づれの
おばあさんのほうからながれてくる強烈な香水の匂いで
大きな画面に映っている
写真家ソール・ライターの重いみじかいコトバをしっかり受けとめられない
今日は少し運のわるい日
いい映画かもしれないと思いつつ
でも充分に受けとめることができない

この事態を受けとめ 受けいれようとするが
映画の上映がはじまってから入ってきた二人づれを
うらめしくおもう気持ちはなかなかきえない

 映画を見に行った。映画は「いい映画かもしれないと思いつつ」以外には語られない。「受けとめられない」「できない」「きえない」という「否定」を含むことばがつづく。映画に集中できない。布村自身の「気持ち/思い」に重点がずれていってしまう。それが「否定」の繰り返しで強調される。「ずれていく」ということが。
 不思議な「ずれ」は、じっくりと準備されていることに、おもしろさの理由があるのだと思った。
 一行目から「受けとめられない」までがひとつの文章。句点「。」は書かれていないが、書き加えるとしたら「受けとめられない。」長い。長さの中に「うねり」がある。「行ったが」(二行目)「匂いで」(五行目)と、「動詞」が完結せずにつづく。そのあと「画面に映っている/写真家」という「行渡り」。「映っている」は「連体形」。「写真家」を修飾する。「持続」(接続)が、「ずれ」をつくる。「持続/接続」しなければ「ずれ」は生まれない。
 「思いつつ/できない」の「つつ」も「持続」だね。
 「受けとめ 受けいれようとするが」「きえない」。
 妙なものと「つながってしまった」なあ、という感じ。「つながってしまった」気持ちを布村は反復する。

今日は少し運のわるい日
席を移動しようとふりかえったが
横の方にもうしろの方にも
人がいて
移動するほど空いている感じがしない
何で映画がはじまってから映画館にはいってきたりするんだろう
おれなら次の上映を待つがなと思うのだが
映画館は
映画を観たい人が
集まる場所ではあるが
どんなつもりで観にきているのか
わからない
謎の人の集まる場所になった

 書き出しは一連目の完全な繰り返し。二行目は「席を移動しようとふりかえったが」と一連目の「行ったが」と同じ「が」で終わり、次の行へとつづいていく。五行目に「感じがない」と「否定」を含むことばが出てくるところが、ますます繰り返しの印象を強める。
 「起承転結」の「承」である。
 そのあとが絶妙。

何で映画がはじまってから映画館にはいってきたりするんだろう
おれなら次の上映を待つがなと思うのだが

 「おれなら次の上映まで入らない」という「否定」を飲み込んでいる。「待つ」と「思う」いう「否定」を含まない動詞で、「反復」を切断する。連が分かれていないが、ここは「転」にあたる。
 「肯定」を半分ひきずりながら「ある」「きている」という動詞が出てくる。ただし「ある」は「が」という逆接を準備し、「きている」は「のか」という疑問を準備する。そして「わからない」という「否定」をとおって「なった」という「結論」(結)に集約する。
 リズムがとてもおもしろい。繰り返すことで「ぐち」が「思想」にかわる。いや「ぐち」も「思想」なのだけれど、「ぐち」を「論理的に補強することば」にかわる。
 「思想」というのはなんでもないことを「論理」っぽく言いなおしたもの、「感情」を排除した「意味」をつくりだす運動のことかなあ。
 「いらいらするなあ」「いやだなあ」というだけのことなのに、その「感情」を振り払って、乾いた「論理」にする。あっ、と驚き、わはっはっはっ、と笑いだしてしまう。「論理」なんだけれど、「無意味」。
 「無意味」は「絶対的存在」と言い換えてもいい。
 それ以外に言いようがない、ということ。

どんなつもりで観にきているのか
わからない
謎の人の集まる場所

 映画館のこの定義は、この詩の、この瞬間にしか成立しない。だから「絶対的な無意味」。そしてそれが「絶対的無意味」だから「永遠」でもある。侵しようがない「意味」になる。
 そのまわりに「事実/意味」はいろいろあるのだが、全部、拒絶してしまっている。
 純粋・無垢になっている。

 このあとの「余韻」がまたすばらしい。声を上げて笑ってしまったのだが、笑ったあとで、何かがじわりと押し寄せてくる。

今日は少し運のわるい日
ソール・ライターはゆっくりと歩く
ソール・ライターは街なかをゆっくり歩いて
人をゆっくりと写す
色の美しい写真
色の美しい
よい写真を撮っていた

 映画館の中で、布村は「ゆっくり」と「写す」。映画館で出会った人を。同時に人と出会った布村自身を。たぶんソール・ライターも「他人」を写しながら「自分」を写したんだろうなあ。ゆっくりと。「絶対」が生まれてくる瞬間を。

どんなつもりで観にきているのか
わからない
謎の人の集まる場所

 これは布村が写し取った「色の美しい」映画館。布村にしかとらえられない美しいことば。
 ことし読んだ詩のなかで(まだ一月あるけれど)一番気持ちがいい作品。傑作。
大きな窓
布村 浩一
詩学社
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私がロシア人なら

2016-12-05 08:00:17 | 自民党憲法改正草案を読む
私がロシア人なら
               自民党憲法改正草案を読む/番外48(情報の読み方)

 昨日書いた「日露外相会談」の「こぼれ話」のつづき。
 2016年12月05日読売新聞(西部版・14版)の社説。最後の部分。

 先月下旬には、ロシア軍が国後島と択捉島に地対艦ミサイルを配備したことが明らかになった。
 岸田氏がラブロフ氏に、「我が国の立場と相いれない」と抗議したのは当然である。
 プーチン氏の来日は、静かな雰囲気の中で迎えたい。

 「静かな」というのはロシア軍の地対艦ミサイル配備というような物騒な状況ではなく、という具合に読むべきなのかもしれないが、私は気になってしようがない。
 民主主義というのは「さわがしい」ものである。「静かな」というのは「独裁」政治のときに生じる。ひとが沈黙する。それが「静か」である。
 最近、「静かな」は天皇の生前退位をめぐる議論で頻発している。憲法にかかわる問題なのに、議論は「独裁」のもとでおこなわれている。安倍が指名した「有識者会議」が「専門家」の意見をヒアリングするという形で「論点」を整理している。この「静かな」に、民進党の野田などは率先して賛同している。
 
 脱線した。
 「日露外相会談」にもどる。

 ロシアのラブロフ外商は日の日露外相会談後の記者会見で、「今年行われた会談で、日本の首相は共同経済活動に関して何ができるか考えてみると提案した。ロシア大統領は同意し、しかるべき検討が始まった」と述べた。(2016年12月04日読売新聞西部版14版・ 2面)

 なぜ、ラブロフは、こんな「裏話」を公表したのだろうか。「共同経済活動」の提案と北方四島の返還(引き渡し)がリンクされた交渉というのは、ロシア人から見ると、どう見えるだろうか。
 「金に困っているのかい? 金は出してやろう。いっしょに経済活動をしよう。だから北方四島を返せ」というのは、金を出すから「領土」を売れ、と聞こえないか。さらに、もし日本企業が進出してくるなら、ロシア人は労働者として搾取されるだけなのではないか。そう感じないだろうか。
 
 場面を「尖閣諸島」に移して考えてみよう。(島の大きさが同じではないので、「たとえ」にすぎないが……)
 中国が「尖閣諸島の開発(経済活動)に金を出す。だから尖閣諸島を中国に返せ」と主張したとしたら、日本はどう反応するだろうか。「領土」を金で売ったりはしない、と反発するのではないだろうか。
 中国との間では、「領土問題」はたなあげになっていた魚釣島をめぐって、石原慎太郎が「買い上げる(都の所有地にする)」と言って、その後「国有化」した経緯がある。何億円かを政府が「所有者」に支払った。中国から見れば(中国に金が払われたわけではないが)、「金で領土を売る(領土問題を解決する)」に見えたのではないか。「金の動き」で、かってに「日本の領土」という「事実」を「日本国内」につくりだした、と受けとめられたのではないのか。
 中国が南シナ海で強硬な主張をするようになったことと関連していないか。

 「金を出したから、おれのもの」という主張を、安倍は北方領土でも展開するに違いない、とロシアが思ったとしても不思議ではない。ロシア政府はどう思うか知らないが、ロシア国民の中には、きっとそう思う人があらわれるだろう。(日本人の私でさえ、そう思う。)
 「金」で「領土」を売り買いするというのは、あまりにも相手国に対して無礼である。相手が「買ってくれ」と言っているのではない。「売らない」と言っているのに「これだけ金を出せばどうだ」と金で脅しているように見えるだろう。
 そんな無礼なことをされたら、「領土」を守るために軍備を増強する(増強せよ)という論理が生まれてくるのはあたりまえではないだろうか。

 そういうことさえ、自民党の人間は考えないのか。議論しないのか。「静か」が生み出した弊害ではないだろうか。
 「金さえ出せば(金さえもうかれば/大企業さえもうかれば)なんでもうまくいく」ということを信じるのは、金もうけがうまくいっている人間だけであると思う。グローバル企業のあり方が、あらゆるところで批判されているのに、それをまったく無視して「首脳会談」の下準備を進めた。
 外相会談の詳細は知らないが、きっと岸田がラブロフを怒らせたのだ。「首脳会談」はほんとうにおこなわれるのだろうか。突然、中止になるのではないのか、とさえ私は思う。会談前に「舞台裏」を公表するなんて、変でしょ?
 こういう異変に目をつぶり、「静かな雰囲気で」と主張するのは、どうにも納得がゆかない。







*

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このブログで連載した「自民党憲法改正草案を読む」をまとめたものです。
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