詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

新倉俊一『ウナ ジョルナータ』

2018-12-09 16:18:01 | 詩集
新倉俊一『ウナ ジョルナータ』(思潮社、2018年10月30日発行)

 西脇順三郎のことを、きのう少し書いた。新倉俊一を思い出した。『ウナ ジョルナータ』に「ある一日」という詩がある。

まだ神無月だというのに
アフロディーテやアテナイやら
女神たちがつぎつぎと
海を渡ってやってくる
そして冷たいゼフィロスに
つぎつぎと鮮やかなに色の
花束を部屋いっぱいに
吹き送らせるのだ
安酒場からファミレスへ
能の「六浦」から運慶の
上野へと連日のように
まさに移動祝祭日だ
だが運命の回転は惑星
よりも速いアイアイ
ささやかな幸運が
いつか訪れたら行こうと
心に決めていたあの
映画の題名のような店
Una Giornata はもう
無くなってしまい
わたしの夢の中にしか
残っていない

 「アフロディーテ」と「ファミレス」の同居、「アテナイ」と「能」の同居。「アイアイ」ということば。どれも西脇を思い起こさせる。西脇も書くかもしれないなあ、と思わせる。もちろん西脇とは違う。こう書くと新倉に申し訳ないが、西脇の方がもっと「音」が強い。活字にすれば同じものなのだけれど、「ほんもの」という感じがする。前後の音との響きあいが違うのだと思う。
 でも。
 きのう読んだ城戸朱理の嘘っぽさ(気取り)と比較すると、ぐっと「真実味(ほんとうらしさ)」が強い。特に、最後の五行が響きあっている。そこに西脇とは違う新倉の音楽がある。
 「無くなってしまい」を「わたしの夢の中にしか/残っていない」と言いなおすときの、静かさ。「心に決めていた」と「心」から始まったことが、「夢の中」と「夢」に変化している。「心」と「夢」は微妙に違う。その移行の動きのなかで行われているのは、店の確認なのか、自己確認なのか、判然としない。店と一体になっている。店について思うことが、新倉自身を思うことと重なっている。
 同じことが新倉の夢と心の中で起きるのだと思う。つまり、西脇を思うとき、そこに新倉が姿をあらわすということが。そのことを新倉は喜んで受け入れているように感じられる。西脇を押し退けて新倉を出さないといけないとは思っていない。西脇によって導かれた世界があるということを、淡々と書いている。「頭」で強引に整理しようとしていない。整えない。
 そこに新倉の「正直」がある。
 だから、誘われるようにして、「ウナ ジョルナーレ」か、と思わず声を漏らしてしまう。どこにあった店なのだろう。東京か。イタリアか。もう新倉の夢の中にしかないという店に行ってみたいなあ、と思ってしまう。それができたら新倉の心の中へ入っていける。そこで新倉だけが知っている西脇にも出会える気がしてくる。

 詩集の最後におさめられている「ウインターズ・テイル」はとても美しい。工藤正廣が書いていた少年パステルナークのように、それは新倉自身のことというよりエミリー・ディキンスンのことなのだが、繰り返し繰り返しディキンスンに触れることで、ディキンスンに重なってしまった部分が自然に動いている。好きな人になってしまう。誰かを愛するということは、自分が自分ではなくなってもかまわないと決心することだが、それを「決心」とも思わず、自然に重なってしまう。そこに新倉の「正直」があらわれていて、美しいなあと思う。ディキンスンが美しいのか、新倉が美しいのか、考えることなく、ただ美しいと思う。





*

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ウナ ジョルナータ
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高橋睦郎『つい昨日のこと』(154)

2018-12-09 11:14:43 | 高橋睦郎「つい昨日のこと」
 「家族ゲーム または みなごろしネロ」は「ネロ」が語り手だ。

ぼくが 父を殺した
理由は 老いぼれで
大喰らいで 大淫ら
つまり 醜悪至極だったから
彼は死んで 神になった
へどまみれ 淫水まみれの神
彼を神に挙げた手柄は
ぼくのもの

 と始まる。このあと「僕は 弟を殺した」「妹を殺した」「母を殺した」「妻を殺した」「息子を殺した」とつづいていく。
 同じリズム、同じ展開である。
 「理由は」と語り、「つまり」と言いなおす。これは「論理のことば」だが、ここでは「論理」が効果的だ。「定型」をかたちづくり、ことばにスピードを与える。意味が明確になり、軽くなる。陰惨な内容だが、童謡のような明るさ、無邪気な声が響きわたる。「定型」が陰惨さを洗い流してしまう。
 「神話」が誕生する、と言ってもいいかもしれない。
 「神話」というのは、口から口へつたわっていかないといけない。耳から入ったことばが肉体を通り抜け口から出ていく。その繰り返しが、ひとの「肉体」そのものをつくる。音、リズムと響きが、ひとの肉体で共有され、ひとは「ひとつ」になる。

 この詩は大好きだが、不満もある。
 「ぼくは 師を殺した」と「ぼくは ぼくを殺した」のパートはおもしろくない。「論理」が完結してしまう。「定型」が閉ざされてしまう。「ぼくは 息子を殺した/(略)/彼を存在に転じた手柄は/ぼくのもの」で終わっていれば、「ぼく」は開かれたままだ。殺されて存在しないのに、殺されることで記憶(歴史)に存在してしまうという「矛盾」に打ちのめされる。読者は「ぼく(高橋)」になって「ネロ」の快感、歴史に批判されるという超人にしか味わうことのできない快感を味わうことができる。
 「神話」の主人公になることができる。

 詩の最後の「遺書」の部分は、「定型/完結」に二重化している。すべてを「論理」のなかにことばをとじこめている。
 高橋の「個人的事情」なんて、私は知りたくない。



 このシリーズは、今回が最終回です。

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