詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

工藤正廣「すべての祝福の始まり」、野崎有以「塩屋敷」、城戸朱理「目覚めよ、と呼ぶ声がして」

2018-12-08 10:57:20 | 2018年代表詩選を読む
工藤正廣「すべての祝福の始まり」、野崎有以「塩屋敷」、城戸朱理「目覚めよ、と呼ぶ声がして」(「現代詩手帖」2018年12月号)

 工藤正廣「すべての祝福の始まり」(初出「午前」13号、4月)には「リルケとパステールナーク」という副題がついている。

遥かな野辺とプラットホーム
二人の話すドイツ語
少年はすでにドイツ語は完璧なほどに分かる
しかしこのひとのドイツ語は なぜだろう
いままで聞いたこともないふしぎなひびきだ

 これは少年パステルナークが出会ったリルケの印象である。工藤自身の経験ではない。でも、とても自然にことばが響いてくる。工藤自身がパステールナークになってしまっている。何度も何度も思い返した結果、自然にそうなってしまったのだろう。
 ブログに書いたが、この詩はとても好きな詩である。



 野崎有以「塩屋敷」(初出「交野が原」84号、4月)は、誰の記憶を書いているのか、わからない。野崎の体験を書いているとは思えない。詩は、詩人本人の体験を書くものではない、と言えばそれまでだが。

アメリカに行った女が大雪になりそうな日に戻ってきた
女はいつか大雪の日に雪かきをしろと亭主に言われたせいで出ていった
地主の亭主はえらく反省した
女このことを思い出すたびに家の若い衆を集めて塩を買いに行かせた
雪の降りはじめに塩を撒いておくと積もらないのだと聞いたからだ

 一種の「物語」として読めばいいのだろうか。
 間延びした「散文」のように感じられる。
 唯一おもしろいと思ったのは、次の部分。

こたつの上には亭主の読んでいた『家の光』
ノサカ・アキユキ
いるのかいないのか
往復書簡だけが連載され続ける
重なった生八つ橋のような往復書簡を一枚ずつはがしていくと
「農村生活の改善はカマドから!」というスローガンが発掘された

 という部分である。
 なぜ、おもしろいと感じたかというと固有名詞『家の光』が出てきたからだ。『家の光』は見たことがある。兄の父が死んだとき、兄の父の家で見た。私の家は貧乏だったから、教科書以外に本などなかった。初めて教科書ではない本だったから覚えている。農村向けの雑誌である。それこそ農村生活を改善するために発行されていたのだろう。
 でもこれは、私自身の個人的な体験を、野崎のことばに重ねて、過去を思い出しているだけであって、野崎が書こうとしていることと関係があるのかどうか、わからない。
 だから、詩を読んだ、という気持ちにはなれない。



 城戸朱理「目覚めよ、と呼ぶ声がして」(初出「マドレーヌの思ひ出」1号、5月)はカキを食べながらワインを飲む詩である。ワインは途中でスコッチに変わる。

二枚貝が成熟して
美味しい季節には
ワイングラスを片手に
退屈を噛みしめる
それは子供には味わえない夜だから
八時には口腔から鼻孔へ
潮風が吹き抜ける

 「味わう」というのは、なかなかむずかしい。何度も何度も体験して、やっと「ほんもの」に出会うということがある。あ、これがカキの味だ。これがワインの味だ、と気がつく。
 初めての体験なのに、いきなり「ほんもの」に出合うということもあるだろう。初めて食べるのにカキがとてもうまいと感じる。(おそらく多くの子供は、生カキをおいしいとは思わないだろう。)これは、たいへん幸福な人である。
 もうひとつ、とても不思議な「味わい方」ができるタイプの人間がいる。
 何度も何度も食べている、飲んでいる。それなのに、「いま初めて食べた、飲んだ」という生き生きとした肉体の動きをそのままことばにできる人がいる。そういう人にであうと、思わず、その人が食べているものを食べたくなる。飲みたくなる。食べたり、飲んだりだけではなく、あらゆることをそのまま体験したくなる。
 こういう書き方(ことばの使い方)ができる詩人に西脇順三郎がいる。教養が、西脇の体験を、瞬間瞬間、洗い流し、生まれ変わらせる。どこかの、田舎のおかみさんの里ことばさえ、古典のように「歴史」をかかえこんで、いま、ここに噴出してくる。西脇の教養が、そうさせるのだ。
 さて。
 きょう読んだ工藤、野崎、城戸の詩。
 工藤の詩は、繰り返し繰り返しの果てに発見した「ほんとう」が書かれていると感じられる。繰り返すことで、ことばの音楽を整えてきた。そういう美しさを感じる。
 野崎は、初めてなのに(未体験なのに)、「ほんもの」をつかみとるというタイプを目指しているのかもしれないが、「方法論」がそうなっているだけという感じがする。
 城戸は西脇を目指しているのだろうが、気障というか、気取りというか、「ほんもの」がつたわってこない。七行目の「潮風」は単なることばだ。カキだから「潮風」と書いただけだ。「定型」だ。城戸が食べているのは、粒が揃っているかもしれないが「養殖カキ」であり、その「潮風」も「養殖」されたものにすぎない。「潮風」を「ほんとう」にするためには、ほんとうの海を見る、自然に触れるという教養が必要なのだ。


*

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未知谷
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高橋睦郎『つい昨日のこと』(153)

2018-12-08 10:48:14 | 高橋睦郎「つい昨日のこと」

 「異神来る オリュンポス神族が言う」。オリュンポスの神からキリストのことを語っている。

どんな男神 どんな女神にも 似ない神
どんな逞しさ どんな美しさも 無い
汚れて 痩せこけて 顔いろすぐれず
およそ生気なく 景気のわるい 神

 これがその姿。否定的なことばが並んでいるが、「これはひどいなあ」という感じのものはない。「悪口」になっていない。言い換えると、思わず笑ってしまうような「悪口」がない。
 こどもの喧嘩の常套句、「おまえの母ちゃんでべそ」のような「無意味さ」がない。だから「ほんとう」のことばという感じがしない。「おまえの母ちゃんでべそ」は常套句だが、まだ、その方が感情が動いている。ひとの「悪口」を言うというのは、こういう「無意味」を言えるかどうかなのだ。
 「そこまで言うか」というおと炉木が、喧嘩(批判)の楽しさである。「そこまで言うか」ということばが、批判されている人も、批判している人をも救うのだ。
 高橋のことばは優等生の「批判」である。
 しかし、

や これは何だ この両の蹠の踏み応えのなさは?
脛にも 腿にも 両の腕にも まるで力が入らない
それに 鼻から 口から 吸い込む息の この希薄さは?
目を凝らせば 周りの男神 女神が ぼやけていく
ということは 見ているこの身も 薄れていくのだな

 ここは印象に残る。「ということは」というのは「論理」のことばだが、ここには「論理」だけがたどりつける「嘘」がある。
 高橋はオリュンポスの神ではない。だから、この詩のことば全体が「嘘」なのだが、「嘘」をいいことに「嘘」を重ねる。そこに、詩の「力」が生まれてくる。「力」に引き込まれ、思わず笑ってしまう。
 指し示している内容は違うのだが、「力」の感じは「おまえの母ちゃんでべそ」に似ている。無意味になっている。高橋は「意味」だと言うかもしれないけれど、不思議なばかばかしさが生き生きしていて、ここには「ほんとう」があると感じる。








つい昨日のこと 私のギリシア
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