詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

池上貞子「スコールにはキーメン紅茶を」

2018-12-14 09:25:58 | 2018年代表詩選を読む
池上貞子「スコールにはキーメン紅茶を」(「現代詩手帖」2018年12月号)

 池上貞子「スコールにはキーメン紅茶を」(初出『もうひとつの時の流れのなかで』7月)。

 中国語の影響だろうか。ことばが引き締まっている。こう、始まる。

屯門はもと要塞の地
異国人のわたしはしばしの仮住まい
窓の外に重なり見える山の稜線
朝には濃い霧
鳥の声、人の声
わたしはひとりでいることはない

 ひとりでいても、鳥の声が聞こえる、人の声が聞こえるから孤独ではない、ということだろう。山があり、霧がある。自然に包まれている。名詞(体言)の積み重ねがすばやく、その重なりの間には不純物がない。透明な大陸の空気がある。
 そこに「時ならぬスコール」が襲う。スコールなかで池上はキメーン紅茶を飲む。その時間のなかに「歴史」が入ってくる。そこがこの詩のハイライトなのかもしれないが、私はそのあとのことばの変化の方に関心を持った。

紅茶の香りは のどから身体全体へ
そして わたしは リラックス

スコールがあがった 鳥の声、人の声がする
稜線は ふたたび 二列にわかれた
手前の山は 木々の色、かたちまで あざやか
うしろの山が 流れはじめた雲の下で 輪郭をつくる
あ ところどころに 山道が見える
またこの週末も 人びとに混じって あの道を歩こう

 突然、「分かち書き」にかわる。それまで「重なり」の間にあったものが、「重なり」を押し広げ、空間(隔たり)を主張する。間をつくっていた「透明」はそのまま透明なのだが、緊張感のかわりに、ゆったりした感じがひろがっている。
 これを「リラックス」と呼べばリラックスなのだろうが、すこし違うなあ、と思う。

うしろの山が 流れはじめた雲の下で 輪郭をつくる

 「流れはじめる」(流れる+はじめる)「つくる」とふたつの動詞がある。そして、その行は動詞(用言)で終わっている。他の行も、すべて「用言」で終わっている。「あざやか」ということばは「名詞」だが「あざやぐ」「あざやかな」ということばから派生している。「あざやかだ」と形容動詞にして読むと、行が落ち着く。
 一連目が「体言止め」が主流だったのに対し、最終連では「用言止め」に変わっている。「鳥の声、人の声」が「鳥の声、人の声がする」に変わっている。文体が根本的に変わっている。
 ここが、とてもおもしろい。
 池上は、ここでは「日本人」に戻っている。一連目も日本人であることにかわりはないのだが、中国語の影響を受けてことばが動いているのに、ここではその影響がやわらいでいる。

うしろの山が 流れはじめた雲の下で 輪郭をつくる

 この行は、いかにも中国らしい風景だが、中国語で書いたらもっと短くなる。「山道が見える」から「あの道を歩こう」までも、中国語(漢詩)なら一行にしてしまうだろうなあ、と感じる。
 日本語は「動詞(用言)」のなかで、自分の肉体をゆったりと動かし、他者との「間合い」を測ることばなのかもしれない、と思った。






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