詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

夏野雨『明け方の狙撃手』

2018-12-27 18:06:04 | 詩集
夏野雨『明け方の狙撃手』(思潮社、2018年11月30日発行)

 夏野雨『明け方の狙撃手』。「月食」の二連目。

靴についてきた砂粒を、机の上に並べてみた。すべてが破片
だったから、まるくて、すこしずつとがっていた。出自を尋
ね、また、答える。いつかみた更新世の、氷河時代の、名残
なのだと、欠けた部品を示して、言った。きみのてのひらの
骨と、水かきの消えた部分に、残されず剥落してゆく、ねえ
それが記憶と言うの、残ったほうが、それとも、通り過ぎて
ゆくほうが。

 「まるくて、すこしずつとがっていた」という矛盾の直列が夏野のことばの特徴のひとつだと思う。この矛盾は「きみのてのひらの骨と、水かきの消えた部分」という形で繰り返される。そして、繰り返しによって運動の法則に整えられた後、抽象化とかというか、哲学化というか、「意識」としてして言いなおされ、「それが記憶と言うの、残ったほうが、それとも、通り過ぎてゆくほうが」ということばになる。
 ことばがことばになるとき、ことばになった方が「意識」なのか、ことばにしなかった方が「意識」なのか、実際は、よくわからないときがある。だからこそ、「まるくて」と言った直後に「すこしとがっていた」と言いなおさずにはいられない。言いなおすことによって「意識」は「全体」を獲得するということだ。
 そういうことばの運動によって夏野の詩は形作られている。
 「白熊と炭酸水」には、こんなことばの運動がある。

                        その仄
あかるい色彩を、明け方とはいわず、夕暮れと呼ばないで、
ただ太陽、とだけ呼びとめ、心中していく。

 「明け方とはいわず、夕暮れと呼ばない」という部分に矛盾の直列がある。それが「ただ太陽、とだけ呼びとめ」ということばの中でひとつになる。
 さらには、こんなことばの運動もある。

 白熊が近づいて、ふいに手が滑って、炭酸水の瓶が落ちる。
白い泡が広がって、微かに音がしたはずだけど、ちっとも聞
こえなかったよ。でも確かに時間の粒たちを、僕らは一緒に
吸い込んだんだ。

 「微かに音がしたはずだけど、ちっとも聞こえなかったよ」というとき、どちらが現実で、どちらが意識か。この区別は、実はできない。
 そこに詩がある。
 つまり矛盾が詩なのだ。
 詩をくぐり抜けることで、ことばは「比喩」から「抽象」へ、「抽象」から「意味」へと動いていく。「時間の粒」という意識でしかとらえられないものをつかみ取り、それを炭酸の白い泡という現実の中へ強引に引き返していく。
 このときの「炭酸の泡」とか「瓶が落ちる」とか、かなりなつかしい「抒情」のことばが動くというのが、夏野のもうひとつの特徴である。ちょっと見には、「きれいなことば」のあつまりを詩と考えているのだろうか、というような疑問も起きる。
 昔々、タイガースというグループがあった。沢田研二がジュリーと呼ばれていたころだ。その歌を思い出させるようなものが、ときどき出てくる。ロックンロールに疲れた耳には、それが新鮮なのかもしれないが、私は、少しとまどう。
 たとえば、次のようなことばの運動に。

                     わたしは 鳥でした ピアノ
を弾く人をみていたのです 森の瀬戸際の明るい場所でした 木々がそこだ
け光を用意してくれたようでした 男の人がピアノを弾いていました 黒い
ピアノでした つやつやとした表面に空がうつって水のようにみえました 
音階ははじめとぎれとぎれに ためすように落ちてきました 近くの木の葉
がその一粒を受けてはじくのにこたえて音は大きくなりました

 この部分は、「時間は充満し少しずつ移動しているようです」と書き出されている。つまり、「時間の移動」を言いなおしたものが「わたしは 鳥でした」以下の部分なのだが。
 だから、私の言い方はかなり不親切というか、意地悪なのかもしれないが。
 私は、こういう「定型」になってしまったことばは美しいと呼んでいいのかどうか、かなり疑問に思っている。




*

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池澤夏樹のカヴァフィス(8)

2018-12-27 10:04:58 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
8 老人の魂

古びたぼろぼろの身体の中に
老人の魂が坐りこんでいる。

 と始まる詩に、池澤は、こう書いている。

肉体に幽閉された魂が歌われる。

 こういう注釈は必要なのだろうか。
 私は、次の行に注目した。

その生を失うまいと魂は身をふるわせ
生の混乱と矛盾を愛しつづける、

 「生」が二回出てくる。繰り返すことで、カヴァフィスは、生を「失うまい」とすることは生を「愛する」ことだと言いなおしていることがわかる。しかも「混乱と矛盾」を愛する。混乱も矛盾も、否定的に語られることが多い。そういう否定的なものを排除するのではなく、愛する。これは、なかなか「意味」をとりにくいことばである。
 だからこそ、そこには「ふるわせる」という動詞も一緒に動く。
 「ふるわせる/ふるえる」は、動揺である。「確信」があるのではない。ふるえながら「愛する」。 あるいは、「ふるえ」を乗り越えて、愛そうとする。
 ここから何を読み取るか。
 私は「老人」ではなく「若者」(青春)を感じる。あきらめなければならないとわかっていても、あきらめきれない。愛さずにはいられない。そこに青春の切ない苦しみを感じる。
 「悲壮にも滑稽な姿」ということばが最後の行に出てくるのだが、悲壮と滑稽が似合うのは、むしろ「若者」である。
 それを客観的にみつめ、ことばにした瞬間に、若者は「老人」に変わる。カヴァフィスと「老人」になって、老人の中に残る「青春」を描いている。取りかえしがつかない、という思いを抱きながら。







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