稲川方人「はなぎれのうた」(「現代詩手帖」2018年12月号)
稲川方人「はなぎれのうた」(初出「三田文学」秋期号、17年11月)を読みながら、詩は、いつからこんなに長くなったのだろうと思った。こんな長い必要があるのか。
「風景」(光景)をただ描写していく。光景は比喩になり、抽象を重ねて意味になるか、ならないか。意味になることを拒んで、折れ曲がっていくようでもある。そういう視点から見れば、これは江代充の詩の方法に似ているかもしれない。違うのは、江代の詩が短いのに対して、稲川の詩が長いという点である。
私が引用したのは作品の書き出しの方である。「思慕の行方にためらっている」までで、十分に完結していると思う。ここまでは、私はとても「いい気持ち」で読み進んだ。
それ以後は、それまでの行に別の行を重ねることで、抽象(意味)を促しているように思えた。
「飛行機雲が消えていく虚空」は「店を閉めた無人の豆腐屋のガラス」と重なる。人のいない店のガラス戸。そのガラスの「虚空」に、飛行機雲の空が映っているようにも感じられる。ガラスはそのまま「虚空」になって、空にひろがる。飛行機雲は、張り紙である。張り紙が飛行機雲である。「泣く人/笑う人」の対比は「夏の陽/冬の陽」と重なる。「人目を避け」は「声が鎮まる」、「死者への重い」は「思慕の行方」と重なる。「ためらっている」は「来た道を帰り/帰った道をまた戻る」に重なる。
重なったからといって、そこからはっきりした「抽象/意味」が出てくるわけではないが、まだ書かれていない「意味」を見つけ出そう、自分のものにしようとしている運動を感じる。
で。
読み通すと、私の感じでは一篇の詩というよりも、「一冊の詩集」と言う感じがする。たぶん、数行ずつの短い詩として、一冊の詩集として読んだなら、私は感動したと思う。詩と詩が呼び合って、静かに変化していく。読み進むたびに、さっき読んだばかりのことばが違う音で鳴り響く。そしてそれが、まだ読んでいない詩のことばを静かに育てる、あるいは生み出すという印象となってひろがっていくように思う。
豆腐屋のガラス戸は「水晶」に、「あなた」は「千代田照子」にと重なる。「死者」は「千代田照子」なのか「母」なのか。ふたりとも死んだのか。「母の細い歌があなたを真似ておりました」という「翻訳調」のことばの動きも、反復しながらの前進を感じさせる。この一行のなかに、すでに「言い直し」があるのだ。
どこで切断するか、読者によって違うと思うが、私はこうやって、あえて「切断」することで稲川を「抒情詩」と「誤読」したい。
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稲川方人「はなぎれのうた」(初出「三田文学」秋期号、17年11月)を読みながら、詩は、いつからこんなに長くなったのだろうと思った。こんな長い必要があるのか。
いまは店を閉めた無人の豆腐屋のガラス戸に
伊野町の四辻に揺れている影を
いつまでも大切にと
紙切れが貼ってある
夏の陽にも
冬の陽にも
それは少し濡れながら人の眼を避け
思慕の行方にためらっている
飛行機雲が消えていく虚空にも
笑う人や
泣く人がいて
電線の風が鳴ると彼らの声が鎮まる
約束のような死者への思いが尽きず
海の名を宛名にした手紙に
新しい日付けを添えて
僕は来た道を帰り
帰った道をまた戻る
「風景」(光景)をただ描写していく。光景は比喩になり、抽象を重ねて意味になるか、ならないか。意味になることを拒んで、折れ曲がっていくようでもある。そういう視点から見れば、これは江代充の詩の方法に似ているかもしれない。違うのは、江代の詩が短いのに対して、稲川の詩が長いという点である。
私が引用したのは作品の書き出しの方である。「思慕の行方にためらっている」までで、十分に完結していると思う。ここまでは、私はとても「いい気持ち」で読み進んだ。
それ以後は、それまでの行に別の行を重ねることで、抽象(意味)を促しているように思えた。
「飛行機雲が消えていく虚空」は「店を閉めた無人の豆腐屋のガラス」と重なる。人のいない店のガラス戸。そのガラスの「虚空」に、飛行機雲の空が映っているようにも感じられる。ガラスはそのまま「虚空」になって、空にひろがる。飛行機雲は、張り紙である。張り紙が飛行機雲である。「泣く人/笑う人」の対比は「夏の陽/冬の陽」と重なる。「人目を避け」は「声が鎮まる」、「死者への重い」は「思慕の行方」と重なる。「ためらっている」は「来た道を帰り/帰った道をまた戻る」に重なる。
重なったからといって、そこからはっきりした「抽象/意味」が出てくるわけではないが、まだ書かれていない「意味」を見つけ出そう、自分のものにしようとしている運動を感じる。
で。
読み通すと、私の感じでは一篇の詩というよりも、「一冊の詩集」と言う感じがする。たぶん、数行ずつの短い詩として、一冊の詩集として読んだなら、私は感動したと思う。詩と詩が呼び合って、静かに変化していく。読み進むたびに、さっき読んだばかりのことばが違う音で鳴り響く。そしてそれが、まだ読んでいない詩のことばを静かに育てる、あるいは生み出すという印象となってひろがっていくように思う。
ヒバの木々の下に桃色の水晶は光り
小さな墓がいくつも並んで海鳴りを聞いている
「東京ワルツ」の千代田照子さん
昭和二十九年の春に
母の細い歌があなたを真似ておりました
豆腐屋のガラス戸は「水晶」に、「あなた」は「千代田照子」にと重なる。「死者」は「千代田照子」なのか「母」なのか。ふたりとも死んだのか。「母の細い歌があなたを真似ておりました」という「翻訳調」のことばの動きも、反復しながらの前進を感じさせる。この一行のなかに、すでに「言い直し」があるのだ。
遠いところにいるあなたの憂慮
それを僕は誰にでも伝えてみたかった
どんな文字も竪琴を乗せるあなたの膝の上で
意味を紡いでいるから
拙い国、暴力の国
小さな命の群れの
その怨みは優しい怨みだから
決して途絶えることのないよう
決して奪われることのないよう
どこで切断するか、読者によって違うと思うが、私はこうやって、あえて「切断」することで稲川を「抒情詩」と「誤読」したい。
*
評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』を発行しました。190ページ。
谷川俊太郎の『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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「詩はどこにあるか」8・9月の詩の批評を一冊にまとめました。
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オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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