セバスティアン・ボレンステイン監督「明日に向かって笑え!」(★★★)(2021年9月21日、KBCシネマスクリーン2)
監督 セバスティアン・ボレンステイン 出演 リカルド・ダリン
リカルド・ダリンは何本か見ている。「瞳の奥の秘密」が有名だ。シリアスな役者かと思っていたら、コメディーも演じる。スペイン語の練習もかねて、見に行った。「字幕」があるのでついつい字幕を見てしまう。それに、喜劇の方が、深刻な劇よりも「ことば」を理解するのがむずかしい、というようなことを考えながら、それでも笑ってしまう。
何がおかしいかというと。
出で来るアルゼンチン人が、みんな正直なのだ。銀行の頭取(?)と弁護士に、農協設立のために出し合った資金をだまし取られる。どうも、その金は、山の中の厳重な金庫に隠してあるらしいという情報を手に入れ、奪われた金を取り戻そうとする。「でも、全部はダメ。自分たちが奪われた分だけ」などと、真剣に相談する。まあ、他人のものまで取り出すと「盗み」になるからね。
このあたりのやりとりは、私が真っ正直な人間ではないので、やっぱり笑ってしまう。そこまで正直にならなくていい、と。結局、奪い返した金の残りは慈善団体に寄付しよう、という結論にたどりつくのだが、これだって、なんというかアルゼンチン気質をあらわしているなあ、と思う。かたくなに信念を守る、というところがある。
見どころは、どうやって警報装置のついた厳重な金庫を破るか。二面作戦が楽しい。ひとつは、物理的に金庫を破るためには警報装置が働かないようにしないといけない。簡単に言えば、停電。この簡単(?)なことも、奇妙に失敗してしまうところに味がある。根っからの悪人ではないので、上手くできないのだ。もうひとつが心理作戦。金庫のことが気になってしようがない弁護士を、警報装置を誤作動させることで、ふりまわす。警報装置から携帯電話にメッセージが流れてくるたびに、弁護士は山の中まで車をぶっとばす。何度も何度も。そんなことしなくたって、停電で警報装置を止めてしまうだけでいいじゃないか、というのではちょっと味気ない。単なる金庫破りになる。そうではなくて、金を奪った人間を精神的に追い詰める、という復讐がおもしろいのだ。これは「怒ってるんだぞ」と相手に分からせることだね。相手が、それに気づくかどうかは別問題。自分たちが憂さ晴らし(?)ができればいい。
これは、最後の最後。悪徳弁護士が、正直者集団の車修理屋へやってくる。彼にオーナーがマテ茶を出す、というシーンに、さらっと描かれている。「何も知らないばかな弁護士」と、ちらっと思う。この「ちらっと」という感じがいいんだなあ。