詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

服部誕『息の重さあるいはコトバ五態』

2021-09-09 10:00:41 | 詩集

 

服部誕『息の重さあるいはコトバ五態』(書肆山田、2021年08月31日発行)

  服部誕『息の重さあるいはコトバ五態』の「泳鳥飛魚」という詩がある。その途中の二行。

  ありとあらゆる人間に ありとあらゆる動詞を当てはめてみて

  いったい 人間はどんな言葉によって定義できるのか

 と、服部は考えている。たとえば「本を読む 詩を書く 花を活ける 絵を描く ダンスを踊る ギターを弾く」とことばは動く。このことばの動きの特徴は動詞の前にかならず「対象」があることだ。そして、服部がここで書いている「例」は非常に常識的である。別なことばでいえば「定型」である。これを、たとえば「本を踊る 詩を活ける 花を弾く」という具合にすると奇妙な感じがする。「定型」からずれるからだ。「定型」がはずれるからだ。だが、そのとき「定型」をはみ出したのは「名詞」なのか「動詞」なのか。逆に言えば「定型」を決めるのは「名詞」なのか「動詞」なのか。
 一連目に戻る。

  遊ぶ人間 工作する人間 苦悩する人間 智慧を持つ人間
  それとも
  笑う人間 歌う人間 話す人間 祈る人間 泣く人間 ……
  人間を動詞で定義してみよう 飛ぶ鳥 泳ぐ魚 のように

  だが 泳ぐ鳥 飛ぶ魚 だっているではないか
  話す蝶 祈る猿 笑うライオン 吠える蛙 洗濯するキリン のように
  泳ぐ赤ん坊 飛ぶ恋人 走る病人 散歩する兵士 歌うキリスト ……
  ありとあらゆる人間に ありとあらゆる動詞を当てはめてみて

  いったい 人間はどんな言葉によって定義できるのか
  本を読む 詩を書く 花を活ける 絵を描く ダンスを踊る ギターを弾く

 これは「人間は」という主語を補えば、「人間は本を読む 人間は詩を書く 人間は花を活ける 人間は絵を描く 人間はダンスを踊る 人間はギターを弾く」であり、それを簡略化すれば「人間は読む 人間は書く 人間は活ける 人間は描く 人間は踊る 人間は弾く」と言えると思う。しかし「人間は本 人間は詩 人間は花 人間は絵 人間はダンス 人間はギター」とするのはかなり無理がある。対象が対象ではなく、「比喩」にかわってしまう。そうすると「定義」の基本は動詞ということになるのだろう。そのとき対象は必ずしも服部が考えたものと同じになるとは限らない「人間はこころを読む 人間はこころを書く 人間はこころを活ける(活かす、生きているように引き立てる?) 人間はこころを描く 人間はこころを踊る(たとえば、人間は喜びのこころを踊る) 人間はこころを弾く」という文を考えることもできる。もちろん人間は「本を捨てる 詩を捨てる 花を捨てる 絵を捨てる ダンスを捨てる(ダンスをすることをやめる) ギターを捨てる」ということもできる。「捨てる」をダンスのように「やめる」の「比喩」ととらえれば、人間は「本を読むのをやめる 詩を書くのをやめる 花を活けるのをやめる 絵を描くのをやめる ダンスを踊るのをやめる ギターを弾くのをやめる」になる。これは「の」によって先行する「本を読む」を「名詞節」に変えているのだが……。ここからさらに「人間は……をやめる」という「動詞」を基本にしたことばの動きへと定義(?)を整理し直すこともできる。
 そうであるなら。
 というのは、かなり飛躍した言い方だが、そうであるなら、人間を「定義」するなら、やはり「動詞」が基本だろうと私は思う。人間は動詞によって定義できる。
 「いったい 人間はどんな言葉によって定義できるのか」は、

いったい 人間はどんな「動詞」によって定義できるのか

 にかわる。そして、「定義」をより深めるために、たとえば「人間は本を読む」を「人間は本を泳ぐ」「人間は本を照らす」「人間は本を産む」「人間は本を排便する」と言いなおせばどうなるだろうか。「動詞」はふつうにつかわれる辞書の定義をはなれて「比喩」になる。「比喩」(暗喩)になるのは「名詞」だけではない。
 ここに、考えてみなければならない問題がある。

 と、私が強引に書いてるのは、実は私はいま、野沢啓の『言語暗喩論』を読んでいて、野沢の書いていることに大きな疑問を感じているからである。どうして「動詞の暗喩的活用」について考えないのか、私は野沢に問いかけてみたいからである。
 「動詞」は「暗喩」になる。人間は何よりも「名詞」を覚える前に「動詞」として生きている。赤ん坊は「おっぱい(ミルク)」ということばを覚える前に「腹が減った/飲みたい」という欲望を「泣く」ことで訴える。「動詞」を満足させたいのだ。おしめが濡れて気持ちが悪い、おしめをかえて、も泣いて伝える。「動詞」を求める。「動詞」を正確につたえるために、やがて「名詞」を覚える。「動詞」はことばにしないけれど、肉体が「動詞」そのものになって動く。
 だから、

ありとあらゆる人間に ありとあらゆる動詞を当てはめてみて
いったい 人間はどんな言葉(=動詞)によって定義できるのか

 と思考するのは、とても重要なことに思える。
 そして、「動詞は暗喩である」ということを忘れずに、「ある説明文」を読むと、どういうことがおきるか。

  上空に浮かんでいる永久発光体は
  第二六星系ソラス(現79305418+)の基準標である
  ソラスは地球・木星・火星・金星及び月(地球の第一衛星)が
  自治的な星区結合を行なった時代の星区名で
  中心星の太陽に因んで呼称したものである

 いくつ「動詞」を抜き出せるか。「浮かぶ」「結合を行なう(結合する)」「因む」「呼称する」のほかに「発光」から「発光する」、「基準標」から「基準(標)を設定する」という「動詞」も派生させることができる。何かしら、そのままでは不安定なもの(浮かんでいる、固定化されていないもの)を結びつけることで安定させ、それを「基準」にし、その「基準」にひとつの名所をを与え、「呼称とする」という人間の動き、欲望が見えてこないか。
 それが見えてきたとき「第二六星系ソラス」はたとえば「現代社会の暗喩」ともなるのだが、「第二六星系ソラス」が「現代社会の暗喩」となるためには、それをある統一に向けて動かしていく「動詞」の存在が不可欠である。

 何かを理解するためには「動詞」が重要なのではないか。「動詞」こそが、ことばのすべてではないのか。
 そういうことを考える「手がかり」になることばが、この詩集には多く存在する。

 私の感想は、服部の今回の詩集の感想になっていないかもしれないが、服部の詩集をもとに考えたことが「感想」であるなら、これもまたひとつの感想ということになると思う。野沢の論と切り離した形で書かなければならないとは思うが、今回は、あえて結びつけて考えたことをそのまま書いておく。


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