昨日(8月12日)米国ダウは一時462ポイント下落し、その後若干値を戻し、389ポイントマイナスで引けた。アナリストたちによると、明らかな下落要因はなかったが、長期金利の下落が景気後退感を醸成し、株が売られたようだ。
債券と株式の市場にプレッシャーを与えているのは、米中貿易交渉問題である。
ゴールドマンザックスによると、米中貿易交渉の見通しは「崩壊」collapsedであり、2020年の米大統領選挙前に貿易協定締結はなかろうということだ(WSJによる)。
ところでWSJはこの米中貿易交渉の状態をどう表現するのか?ということに関するエコノミストたちへの調査結果をまとめていた。
8月初旬現在で87%のエコノミストが「貿易戦争」trade warという言葉に同意している。
1年前の調査では50%のエコノミストが当時の米中貿易交渉を「貿易戦争」と言い、50%のエコノミストは「貿易小競り合い」trade skirmish、「貿易緊張」trade tensins、「貿易戦闘」trade battle、「貿易紛争」trade disputeと表現した。
なお「貿易小競り合い」から「貿易紛争」は、同義語synonymとして使われているので、これらの言葉の間にどれほどのニュアンスの差があるのか?などと悩む必要はない。
簡単にいうと「戦争」warか「戦闘」battleの違いと考えて良いだろう。戦争は全面的な戦いで戦闘は局面的な戦いである。
なお記憶によれは戦前の日本では宣戦布告をするのが「戦争」で、宣戦布告なき軍事衝突は「事変」と呼んでいた。
満州事変や日華事変は宣戦布告がなかったので、日本では「事変」と呼んでいる。「事変」は英語ではincidentなので、日華事変はChine Incidetという。ただし括弧書きでChina-Japan Warと説明される。つまり呼び名はどうあれ実態は「戦争」であったということだ。
話を米中貿易戦争に戻すと、当初は「小競り合い」で決着すると思っていた人が多かった貿易交渉は全面戦争の様相を呈しているということだ。専門家といえども、事態の重要性を軽視する傾向があることの一つの証(あかし)かもしれない。
WSJは今週発表された日銀の展望レポートの中のある分析を紹介していた。
それは「労働需給がタイトなのに賃金があまり上昇しないのは、女性とシニア層が比較的低い賃金で労働市場に参入し続けているからだ」という意見だ。
労働需給がタイトなのにあまり賃金が上昇しないという従来の経済理論に反する現象に日銀はこれまで色々な説明を加えてきたが、また一つ解釈を付け加えた(というかこのことは広く知られていたと思うが・・・)。
65歳以上のシニア層で働いている人の数は過去10年間で約3百万人増え8百万人に達している。
女性労働者は過去10年で約2百万人増え2017年にはほぼ3千万人に達している。
人材不足に直面する多くの企業は、女性やシニア層をフレキシブルな勤務形態や短い労働時間で雇用することで人件費を抑えながら働き手を確保している。
このバッファーがあるので、労働需給がタイトになっても大きな賃上げ圧力につながらないというのがレポートの見解だ。
この見解が正しいとすれば、シニア層や女性の潜在的な労働力の供給が続いている間は賃金は中々上昇せず、人件費が抑えられているので物価も上がりにくいということになる。
日銀としては忌々しいかもしれないが、実はハッピーな話だろう。
たとえばシニア層は働くことで社会的つながりを維持し、それが健康促進につながる。それは国の社会保険料負担を抑制し、悪化を続ける国家財政を少しでも緩和するからだ。
また家族の中で働く人が増えると消費支出が増え、景気が拡大する。働く人が増えると良いことが多いのである。
WSJによると、景気と雇用環境が良いので、良い雇用条件を求めて転職する人が増えている。
労働省の統計によると、4月に離職した人は340万人でITブームに沸いた2001年のピークに迫るものだった。
アトランタ連銀によると転職者の5月のサラリーは同じ職に留まっていた人に比べ約3割増加した。
610万人の失業者(5月)の内、1/7以上はより条件の良い仕事を求めて自発的に離職した人だった。
より良い雇用条件を求めて仕事を変える人のことを英語ではJob-hopperという。またJob-switcherともいう。同じ記事の中にJob-hopperやjob-switcherという言葉が混ざるが、
これは英語の特性で気にすることはない。英語では同意語を多用するのが、洒落た文章とされているからこのようなことが起きる。
ジョブホッピングは若い世代ほど活発だ。昨年第1四半期に35歳以下の人の6.5%が転職したが、35歳~54歳の層では転職者は3.1%だった。
転職は業種を超えて進んでいる。
建設業・工業・ヘルスケアなど人手不足が目立つ業界が高いサラリーで労働力を小売業や飲食店から吸い上げているのだ。
好景気を受けて求人難に陥った企業が高いサラリーを払って、雇用を確保していく。その結果じわじわと全体の給与水準が上昇していくメカニズムがアメリカで本格的に動き始めたのではないだろうか?
もっともこれをもって「一つの仕事に長くとどまる」長期的な傾向に方向転換が起きたかどうかはわからないが・・・
日本では「会社に入る」がアメリカでは「会社のあるポジションに就職する」。あるポジションを会計事務の係長としようか、日本であれば勤怠順当であればやがて彼は会計課長に昇進する可能性があるが、アメリカでは同じ会社の中で昇進するとは限らない。むしろ課長や部長に相当するポジションは外部から採用される可能性が強い。
だから転職=より高いポジションになる可能性が高いといえる。
日米の転職問題を論じる場合はこのような背景をよく考えておく必要があるが、景気が良い時はアメリカ流のダイナミックさが目立つ。逆に不景気になると苛烈さが目立つのだが・・・
テレビ桟敷で楽しんだ平昌オリンピックも明後日閉会式を迎える。
閉会式にトランプ大統領の娘で大統領補佐官のイバンカ・トランプ氏が出席すると報じられた数時間後、北朝鮮は金英哲労働党中央委員会副委員長を閉会式に派遣すると発表した。
金副委員長は2010年に韓国の哨戒艦天安が沈没した事件に関与した見られ、韓国が制裁対象にしている人物だが、韓国統一省は南北関係の改善と非核化推進のために彼の訪問を受け入れいると発表している。
外交アナリストの一般的な見方では、北朝鮮はハードライナーの金副委員長を派遣する狙いは、オリンピック・パラリンピック終了後開催が予定されている米韓共同軍事演習が朝鮮半島の緊張を高めるという警告を発することにあるという。
米国政府はイバンカ・トランプ氏が北朝鮮派遣団と会談する予定はないといっている。
だがオリンピックの幾つかの競技を見ていると、力とスピードの真っ向勝負だけで勝負は決まるものではないことが分かる。
特に複数の競争相手と同時にスピードを競い合う競技では、駆引きの巧拙が勝負を決める場面があった。
イバンカ・トランプ氏と金副委員長の間に接触が起こり、何かが進展すると考えるのは現段階では楽観的過ぎるだろうが、
公式声明だけを信じて何も起こらないと決めるのも早計だろう。
「兵は詭道」(戦いは騙しあい)である。閉会式後もしばらく韓国から目が離せない。