昨日(3月29日)株式市場を揺さぶったのは、玄葉国家戦略担当相の「東電の国有化も選択肢の一つ」という発言だった。福島3区選出の玄葉大臣の発言はまもなく読売新聞が報道した。一方枝野官房長官は記者会見で「政府が今のところ国有化を検討していることはない」と玄葉発言を否定したが、このニュースは海外メディアも大きく取り上げている。
東電の株価は46年ぶりの安値を付けたが、金融機関や機関投資家にとってもう一つの頭痛の種は東電の社債の金利急上昇(価格は急落)だろう。東電が発行している社債残高は5.02兆円、ブルンバーグによるとニュージーランドの年間生産額の半分に達するという。
震災前は日本国債の利回りに0.1%程度の上乗せスプレッドで取引されていた東電社債は、25日時点では上乗せスプレッドが0.67%程度と6倍以上に拡大している。バンクオブメリルリンチのデータによると、7つの東電の社債は最低でも価格が5.64%下落した(債券価格の変動は非常に大雑把にいうと、「利回りの変化×残存期間」である)。ブルンバーグによると、東電社債の今月のパフォーマンスは世界の投資適格債券の中で最悪のパフォーマンスだ。
価格の急落は投資家にとって一つの買い場とも見えるが、ブルンバーグによると三菱UFJアセットマネジメントのチーフファンドマネージャーは「我々は東電社債には手を出さない」と述べている。原発事故に関する東電の負担額とそれに伴う東電の命運が今の段階では予測を超えているからだ。
もし東電が国有化されるとすると、東電は恐らく新しい株式を発行し、国が引き受け発行株数が増えるので、稀釈化が起きる(一株当りの配当が下がり、株価も下がる)。一方国有化されると社債の償還は政府が引き受けることになるので、社債の投資家は保護されるのだが、今の段階でここまで予測することは不可能だろう。
ニューヨーク・タイムズは「国有化は、東電エリア以外の納税者も東電の救済資金を負担することになるので彼等の反対が起こる可能性が高い」と分析している。
だが、今のところ解決の目処が見えない福島第一原発の状況を考えると東電が国への依存度を高めざるを得ないということは避けがたい事実だ。
東電は原発事故に対して法的な賠償責任を負うが、この責任には「例外的な自然災害を除く」という例外規定がある。感情論は別として東電がこの例外規定を根拠に賠償責任の大幅な回避を求めることは十分考えられるところだ。そうしないと経営陣は株主から責任を問われる可能性があるからだ。
福島原発事故の内、民間・政府の保険でカバーされると思われる金額は1,200億円だ。現時点で原発被害の金額を想定することは不可能だろうが、この金額とは桁の違う金額であることは間違いないだろう。
タイムズによると、社団法人会社役員育成機構のトップBenes氏などは「菅首相は恐らく国有化を避けて、東電をarm's length(つかず離れず)の距離に置くことを好むだろう」と解説する。理由は東電を政府に対する国民の批判の「避雷針」にしておきたいからだ。
野村證券の荻野アナリストは「国がほぼ全面的に東電に対して、補償に必要な資金を供給するという『事実上の国有化』がベストなのではないか?」とレポートの中で示唆している。
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どこまでが原発オペレーターとしての東電の責任で、どこからが監督者としての国の責任で、どこからが「予見不可能な自然災害」と認定することは可能なのだろうか?だがいずれにせよ、その被害を地元住民のみが負担する理由はない。少なくとも東電から配電を受けてきた受益者は何らかの形で負担するのは当然だろう。
だが負担が株式や債券の保有者まで広がっていくと、話は非常に複雑になってくる。東電は金融機関を除くと最大の社債発行者であり、債券のデフォルトは金融市場に大きなインパクトを与える。一つのソリューションは「事実上の国有化」なのかもしれないが、個々の債権債務がどうなるか?ということになると極めて複雑な問題だろう。
「綸言汗の如し」(天子は一度言った言葉を取り消すことができないという意味)という言葉がある。日本の政治家の軽さを考えると、今の政治家にこの格言を求めることはナンセンスだが、複眼的思考をもって慎重な判断と発言が求められる難局であることは間違いない。