詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

時里二郎「ふるとり」

2008-01-22 09:58:38 | 詩(雑誌・同人誌)
 時里二郎「ふるとり」(「ロッジア」1、2008年01月31日発行)
 「あとがき」に次のように書かれている。

 「ふるどり」は、「『歌稿ノオト』注釈」の一編として書かれた。自分の生まれた村への行商をつづけながら、「アララギ」に歌を贈り続けた父の遺した「歌稿ノオト」と、それについての注釈というスタイルの作品群で、主に書肆山田の「るしおる」に書き継いできた。

 この「あとがき」をどう読むべきか。ほんとうのことが書いてあるのか。それとも、そう読んでもらいたいと思って書いた仕掛けなのか。ほんとうのことであったにしろ、私は「仕掛け」として読む。「仕掛け」でなければおもしろくないのである。
 「ふるどり」は行商の柳行李にまつわることがらが書かれている。柳行李は「入れ子」になっている。その「入れ子」構造のように、「ふるとり」もまた「入れ子」になっている。そして、その最後の(最初の?)「入れ子」が「あとがき」なのである。
 時里はもともと「入れ子」という構造が好きな詩人である。何かのなかに、それに似た何かがまた存在する--という繰り返しが好きである。それはほんとうは「入れ子」という構造への愛着というよりも「繰り返す」ことが好きな性向をあらわしているように思える。
 「ふるとり」という作品は、父の遺した(?)歌を「物語」として繰り返し、さらに物語のなかに出てくる事物についての注釈によって繰り返す。ただ、繰り返すといっても、おなじことばを繰り返すのではなく、言い換えるので、そこにはおのずと「隙間」というか「差」が出でくる。つまり「大小」が出てくる。この「大小」が「入れ子」を誘い込むのである。
 繰り返すということは、おなじことが起きるのではなく、かならずちがったものを含んでしまう。それが時里の基本的な思想であるように私には思える。繰り返すことが違いを生み続ける。ずれを生み続ける。そしてそのことは何を意味するかといえば、世界で存在するのは「ずれ」(隙間)だけである、ということである。
 この「ずれ」(隙間)は「ふるとり」では、一番下の行李の「わずかなふくらみ」である。さらにいえば「わずかな」である。時里はいつも「わずか」に拘泥する。「わずか」こそが「ずれ」であり「隙間」だからである。「わずか」ではなく「大きな」だったら「ずれ」や「隙間」ではない。「わずか」だからこそ、そこには何でも入り込むのである。この何でも、というのは、実は想像力のことである。「わずか」なところに入り込むことは普通は困難である。しかし、想像力は困難であるからこそ、いきいきと動き回る。なんとかその困難をこじ開けようとする。その「わずか」な「隙間」に入り込もうと、想像力自身をねじ曲げ(ゆがめ)、いっそう生々しい想像力になる。そして、そこでゆがみながら「ふくらむ」、つまり拡大する。生々しく成長する。
 たとえば、次のように。

なかでも行李のいちばん下の嵩高い匣のわづかなふくらみが、どういふ理由からか唐突に、そのころ弟を宿していた母のわづかにふくらんだ腹を連想させたのだ。

 想像力はゆがみながら「ずれ」(隙間)に入り込み、そこでふくらむ(拡大する)。いっそう成長する、というのは、次のようなことばの運動のことである。いったんゆがみはじめると、それは止まらないのである。

 薬売りがつぎつぎに入れ子の行李を開いていくのをもうわたしは見てゐない。わたしはそのあひだに、一番下の嵩のあるふくらんだ行李が孕んでいる生きものの気配のやうなものに耳を澄ますことに夢中だつた。その行李のわづかなふくらみ具合が、母のしろいとろりとしたおなかに重ねられる理不尽が、何か生きもののやうなかたちを欲してゐるやうに思はれた。

 「わたしは見てゐない」は直接的には薬売りの動作を指し示しているが、実際は、行李そのものをも見ていないのだ。もう見ることを止めて、「わたし」はひたすら想像している。「見る」(目をつかう)かわりに、「耳を澄ます」(聞く)ことに神経を傾けている。想像力のなかで視覚と聴覚がいりまじる。いっしょになる。感覚の融合・複合が起きて、それがそのまま肉体となる。人間そのものになってしまう。いや、人間という具体的なものをも超越して、時里のつかっていることばを借りていえば「生きもの」になる。「わたし」と行李が「生きもの」とし融合してしまい、その融合のなかに「宇宙」が誕生するのである。
 時里のことばの運動の真骨頂(詩の頂点)がここにある。



 詩の後半に、行李が、今では「生きもの」のように見えなくなってしまった、と書いている。そして、次のようにも。

 それでは、幼年の頃の未熟さゆゑに失語した想像力の膨満を、ことばが解いてみせた所為なのか。いや、今も若井の市で覚えた総毛立つ恐ろしさの余韻は辿らうと思へばたどれる。それはことばを介してではなく、むしろことばの後ろ側に回り込むことによつて可能な試みではある。

 「ことばの後ろ側」。ことばを書きながら、時里はことばそのものを信じてはいない。この不信感が、ことばを「詩」に高めている。すべては「わざと」なのである。仕掛けなのである。仕掛けをつくり、その仕掛けの後ろ側に回り込む。時里にとって「ことば」と「しかけ」は同じものである。
 だからこそ、私は、時里が「あとがき」で書いていることばを、それが「事実」を書いていたとしても、「仕掛け」として読むのである。ほんとうのことというよりは、時里が仕組んだものだと思って読むのである。--そう読まれることを狙って書かれたものでもあるかもしれないが、そうだとしたら、それに積極的にだまされるようにして、その仕掛け(仕組み)のなかへ入って行って、そこで遊ぶのである。

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