粕谷栄市「投身」、松下育男「遠賀川」(「森羅」11、2018年07月09日発行)
粕谷栄市「投身」は、投身自殺をする男のことを書いている。
このあと、次々に男が同じ場所から同じ形で投身自殺する。無数の男が次々に投身する。何が起きているのか。
私が思わず傍線を引いたのは、「彼が、思っていたことは実現せず、」ということばである。
何も実現しない。
これは、どういうことだろうか。「実際には、現われない」。「実」は「ほんとう」という意味だろうなあ。「ほんとうは、あらわれない」。「実」そのものも、「みのる」ことによって姿をあらわすものだから、「実が、あらわれない」(実にならない)ということか。
しかし、これでは何だか抽象的だ。肉体の運動として確かめることができない。肉体が、「実現せず」にかかわることができない。非現実的だ。
「実現せず」を肉体の運動とし確かめる、自分の肉体に引き受けるにはどうすればいいのか。
粕谷は、こう書いている。
うーん。
私は、再び傍線を引き、考え込んでしまう。
「実現せず」(実現しない)を言いなおすと「同じことを繰り返す」になるのか。少なくとも、粕谷は、そう定義している。確かに何度も何度も繰り返すのは、求めているものが実現しない(現実にならない)からである。
そうか。そうなのか。そうだったのか。
粕谷は「同じこと」を「繰り返し」書いている。この詩にも「繰り返し」がある。なぜ繰り返すのか。
「思っていたことは実現せず」ということが起きているからだ。
粕谷の書いていることは、何一つ「実現しない」。
粕谷は、何度も何度も「死者」を書いている。けれど、「死」は実現しない。だから繰り返し、書くのである。
繰り返し書くということだけが、「実現する」。粕谷は死ぬまで、繰り返し繰り返し、死を書く。
*
松下育男「遠賀川」には、私にはなじめないことばがある。
肉親に対して「亡くなった」という表現をする。
なぜ「死んだ」ではないのだろうか。
私は、簡単に「亡くなる」ということばをつかう人間を信じない。
「死ぬ」ということばを切実につかった詩がある。谷川俊太郎の「父の死」。最初の一行は、
「死んだ」と書いている。そして、このことばは、別の男によって、繰り返される。
死が切実であるとき、ひとは「亡くなった」とは言わない。死者は他人ではなく、自分そのものだからである。
谷川の「父の死」にも「亡くなる」ということばは出てくる。「喪主挨拶」の部分である。そこには、こう書いてある。
ここで「死んで以来」と言わないのは、葬儀に参列している人へのあいさつだからだろう。あらたまっている。あいさつ以外で「亡くなる」ということばは、私には、とても不自然に聞こえる。納得がゆかない。
詩は、あらたまることばではなく、自分をむき出しにすることばである。
*
評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』を発行しました。190ページ。
谷川俊太郎の『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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「詩はどこにあるか」4月の詩の批評を一冊にまとめました。
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オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
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嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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粕谷栄市「投身」は、投身自殺をする男のことを書いている。
月明かりのその夜、高い建物の屋上から、一人の男が
身を投げる。あっと言う間に、彼は、くるくる、回りな
がら墜落して、奈落の闇に消える。
このあと、次々に男が同じ場所から同じ形で投身自殺する。無数の男が次々に投身する。何が起きているのか。
しかし、実は、これは、月明かりのその夜、さまざま
な苦悩の果てに、自らの死を願って、屋上から、身を投
げた一人の男に起こったことだったのである。
だが、彼が、思っていたことは実現せず、彼は、幾度
となく、同じことを繰り返さなければならなかった。
私が思わず傍線を引いたのは、「彼が、思っていたことは実現せず、」ということばである。
何も実現しない。
これは、どういうことだろうか。「実際には、現われない」。「実」は「ほんとう」という意味だろうなあ。「ほんとうは、あらわれない」。「実」そのものも、「みのる」ことによって姿をあらわすものだから、「実が、あらわれない」(実にならない)ということか。
しかし、これでは何だか抽象的だ。肉体の運動として確かめることができない。肉体が、「実現せず」にかかわることができない。非現実的だ。
「実現せず」を肉体の運動とし確かめる、自分の肉体に引き受けるにはどうすればいいのか。
粕谷は、こう書いている。
同じことを繰り返さなければならなかった。
うーん。
私は、再び傍線を引き、考え込んでしまう。
「実現せず」(実現しない)を言いなおすと「同じことを繰り返す」になるのか。少なくとも、粕谷は、そう定義している。確かに何度も何度も繰り返すのは、求めているものが実現しない(現実にならない)からである。
そうか。そうなのか。そうだったのか。
粕谷は「同じこと」を「繰り返し」書いている。この詩にも「繰り返し」がある。なぜ繰り返すのか。
「思っていたことは実現せず」ということが起きているからだ。
粕谷の書いていることは、何一つ「実現しない」。
粕谷は、何度も何度も「死者」を書いている。けれど、「死」は実現しない。だから繰り返し、書くのである。
繰り返し書くということだけが、「実現する」。粕谷は死ぬまで、繰り返し繰り返し、死を書く。
*
松下育男「遠賀川」には、私にはなじめないことばがある。
父が亡くなったと知ったのは
母からの電話だった
肉親に対して「亡くなった」という表現をする。
なぜ「死んだ」ではないのだろうか。
私は、簡単に「亡くなる」ということばをつかう人間を信じない。
「死ぬ」ということばを切実につかった詩がある。谷川俊太郎の「父の死」。最初の一行は、
私の父は九十四歳四ヶ月で死んだ。
「死んだ」と書いている。そして、このことばは、別の男によって、繰り返される。
夜になって子どもみたいにおうおう泣きながら男が玄関から飛びこんで来た。
「先生死んじゃったァ、先生死んじゃったよォ」と男は叫んだ。
死が切実であるとき、ひとは「亡くなった」とは言わない。死者は他人ではなく、自分そのものだからである。
谷川の「父の死」にも「亡くなる」ということばは出てくる。「喪主挨拶」の部分である。そこには、こう書いてある。
祭壇に飾ってあります父・徹三と母・多喜子の写真は、五年前母が亡くなっ
て以来ずっと父が身近においていたものです。
ここで「死んで以来」と言わないのは、葬儀に参列している人へのあいさつだからだろう。あらたまっている。あいさつ以外で「亡くなる」ということばは、私には、とても不自然に聞こえる。納得がゆかない。
詩は、あらたまることばではなく、自分をむき出しにすることばである。
*
評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』を発行しました。190ページ。
谷川俊太郎の『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455
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ここをクリックして2000円(送料、別途250円)の表示の下の「製本のご注文はこちら」のボタンをクリックしてください。
「詩はどこにあるか」4月の詩の批評を一冊にまとめました。
詩はどこにあるか5、6月号注文
オンデマンド形式です。一般書店では注文できません。
注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
*
以下の本もオンデマンドで発売中です。
(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料250円)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512
(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料450円)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
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(3)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料250円)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com
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