詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

29 *(別れていく女は)(嵯峨信之を読む)

2018-07-13 11:09:51 | 嵯峨信之/動詞
29 *(別れていく女は)

横臥したふたりが向うへおしやつた海
なに一つまだ沈んでいない広い海

 女と別れて、海を思い出している。「ふたりが向うへおしやつた海」とあるから、ふたりはいさかいをして、海へ来たことさえ忘れていたのだろう。
 しかし、いまは、その「見なかった海」が思い出される。
 海を見なかったように、女をも見てはいなかった。
 後悔は、嵯峨のこころのなかに「沈んでいる」。
 「広い」には、嵯峨の思いがこもっている。海のようなこころの広さがあれば、と。「広い」は「広げる」という動詞に変わりたがっている。


*

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高橋睦郎『つい昨日のこと』(4)

2018-07-13 10:42:57 | 高橋睦郎「つい昨日のこと」
4 蝉

バスガイド女史は まことしやかに宣言したものだ
あそこがオイディプスが父ライオスを殺した場所だ と
おお あの時と寸分違わない時刻の 寸分違わない地点

あの時とは「四十五年前」である。高橋は四十五年ぶりにギリシャを尋ね、同じ説明を聞いている。そして、

私の外見は 正確に四十五年分 老けて見えるのに
困ったことだ 心はいまも殺される父親にではなく
殺す息子と己を重ねて 激しい息をしている
 「四十五年前」は「つい昨日」のこと。
 想起するとき、過去はいまに近づいていくるか、いまが過去に近づいていくのか。いま過去を思い出しているのか。過去がいまを夢見ているのか。
 これは他の言い方もできる。
 オイディプスが高橋に近づいてくるのか、高橋がオイディプスに近づいていくのか。オイディプスは高橋の夢なのか、高橋がオイディプスの夢なのか。
 「客観的(時系列的)」には高橋がオイディプスの夢であるはずはないが、「主観的」には(つまり、こころにとっては)、高橋がオイディプスの夢であるということもできる。高橋はオイディプスになって、日本からやってきた詩人を夢見る。しかも、その詩人は四十五年前を思い出す。

 ギリシャの明るい日差し、どこまでも透明な空気の中で起こる混乱。
 これは集中力が引き起こす混乱だ。
 ソクラテスの時代、ギリシャ悲劇の時代、ギリシャ人の集中力は飛び抜けている。その力は、いまも、空気の中に透明なまま残っていて、高橋を引きずり込む。

あの時と全く同じ蝉が 風景の何処かで鳴きしきる

「あの時」は四十五年前だが、オイディプスが父を殺した時でもある。時は、どんなに離れていても「想起する」とき接近し、ぶつかりあい、炸裂する。閃光となって夢の中に散らばる。



つい昨日のこと 私のギリシア
クリエーター情報なし
思潮社
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