坂多瑩子「母その後」ほか(「ぶらんこのり」19、2010年06月10日発行)
私は不謹慎な人間である。笑っていけないときでも、笑うことを我慢できない。坂多瑩子の「母その後」は笑ってはいけない詩かもしれない。どう読んでみても、亡くなった母親のことを書いているからである。
でも、私は、笑ってしまう。
母を亡くす--そうして、どうしたって母を思い出す。その母は、脳梗塞を起こして何もできない母ではなく、元気なときの母である。それを
と書く。
そこに不思議な愛情がある。
この「急に元気になって」は、「やっと元気になって」(病気が回復して)という喜びというよりも、一種の「憎まれ口」である。「憎まれ口」というのは不思議なもので、それが言える相手は限られている。憎まれ口を言っても、それが許されるというか、憎まれ口を何かで吸収してしまえるような信頼感があるとき、そこに不思議な輝きが宿る。安心感に似た温かさが宿る。
憎まれ口を「嫌み」と坂多は言っているが、嫌みをいいながら、自分の本音をつたえる。そういうことができるのは親子だからだねえ。
最近(といっても、もう3か月ほど前になるかもしれない)見た映画に、韓国の「牛の鈴」という作品がある。おじいさんは老いた牛を大事にしている。おばあさんがそれを見ながら「わたしのことなんかちっとも気にかけてくれないで、おいぼれた牛ばっかりせわして」「役立たず」というようなことを言う。その「嫌み」というか、怒鳴り散らしは、けれどとても温かい。おじいさんの牛にかける愛情もよくわかっているし、おばあさんも牛を愛している。怒鳴り散らしながらも、嫌みをいいながらも、そうすることで自分自身を解放している。「気持ち」を体のなかにため込んで、そのために苦しむということがない。そういう明るさ。温かさ。
そこにあるものは、あるいは「甘え」ということかもしれない。「わたしの方が一生懸命働いているのに、気にもかけてくれない。おいぼれ牛の方がわたしより大切なのか」というのは、「わたしをもっと大切にして」という「甘え」の裏返しの表現である。
「甘え」というのは大切なものである。「甘え」というのは、ある意味で「助け」を求めるということだけれど、その「助け」を求めるということは、相手を信頼しているということである。どうなってもいいから、なんとかして。どうにかなるように、なんとかして。
それは、自分を放り出す。相手に差し出すということを含んでいる。
それに似た何かがある。私は坂多瑩子も知らないし、その母親も知らないけれど、あ、二人とも「気持ち」を自分のなかに閉じ込めて、そのために「とどかない」人になってしまうのではなく、いつでも「気持ち」を自分の外に出して、とどきあっていた人なのだとわかる。あるいは、「とどけあっていた」。
どんなに離れていても、とどく、そういう関係。
だから、ほんとうにとどかない距離、生きている人間と死んでしまった人間になっても、「とどく」を生きることができる。
この最後、終わり方がとてもいいなあ。
せっかく眠ったんだから、ちゃんと眠らせてよ。心配させないでよ。と「嫌み」をいいながら、それでも、心配で見ている。生きていたときと同じように、母は死んでしまっても、うろうろして、転ぶ。それを見て、「あっ」と叫んでしまう。「また」と言ってしまう。
その声、きっと、亡くなった坂多のおかあさんにとどいている、と感じる。「いいじゃない、ころんだって、年寄りなんだから。おまえは、ほんとうに冷たくて嫌みな娘だねえ」なんて、振り返っておかあさんは言うかもしれない。
いいなあ、この発展性のない(?)会話。
発展性のない--というのは、へんな言い方だけれど、日常の、愛、というのは発展しない。いつも、いつものまま、そこにある。かわりがない。変化しないのが、愛、なのだ。しみじみと思ってしまう。
「立ち話」にもへんなところがある。言ってはいけないことを言ってしまう、そして、それが言えるという不思議な「人間」の広さがある。そこでも、何かが「とどいている」。何が「とどく」なのか--それは、きっとだれにも言えない(少なくとも、私は、まだそれを言うことができない)。
「死んだらすぐに行かなくちゃならないから」って、どこへ行くんだろう。「天国」かな? この世ではなく、あの世へ、すぐに行かなければならないのか--そうか、ぐずぐずしていてはいけないのか。と、私は、なぜか感心し、不思議に納得してしまう。
坂多も納得したのかな?
坂多が実際に感じたことは、よくわからない。よくわからないのだけれど、その「すぐに行かなくちゃならない」に対して、引き止めるでもなく、「献体は/新鮮さがいい/そうしなさい」と言うところが、いいなあ。
納得を通り越して、後押ししている。
献体をすすめることは、死ぬことを後押しすることになってしまうのだが、死ぬというのはとても苦しくて大変だから、こんなふうに後押しされることを、ひとはもしかすると望んでいるかもしれない。
ちょっと余談。ほんとうにあった話。
あるひとがいまわの際で苦しんでいる。なかなか死ねない。死なない、というより死ねない。だれもがどうしていいか、わからない。そのとき、あるひとが「もうすぐだからね、がんばってね」と励ました。すると、その声を聞いて、そのひとは、すーっと息を引き取った。
死ぬ人を励ます--というのはへんなことだけれど、きっと励まされなければだれも死ねないんだと思う。
坂多は、そういうことを、自然に知ってしまっているのかもしれない。
私は不謹慎な人間である。笑っていけないときでも、笑うことを我慢できない。坂多瑩子の「母その後」は笑ってはいけない詩かもしれない。どう読んでみても、亡くなった母親のことを書いているからである。
でも、私は、笑ってしまう。
多発性脳梗塞で
何もできなくなってしまった
母は
夢のなかでも
何もできなくて
下ばかり向いていたが
あるとき死んでしまってからは
急に元気になって
長電話をしたり
お茶したりで
いまのとこ結構楽しげにしているけど
あんまり慣れすぎても
またまた
嫌みのひとつでもいいそうで
一度死んだんだから
老いたら子に従うとか
昔の人はいいこと言ったねえぐらい
いってほしいとこだけど
わたしが眠ると
待ってましたとばかり
うろうろしている
あっ
ころんだ また
母を亡くす--そうして、どうしたって母を思い出す。その母は、脳梗塞を起こして何もできない母ではなく、元気なときの母である。それを
急に元気になって
と書く。
そこに不思議な愛情がある。
この「急に元気になって」は、「やっと元気になって」(病気が回復して)という喜びというよりも、一種の「憎まれ口」である。「憎まれ口」というのは不思議なもので、それが言える相手は限られている。憎まれ口を言っても、それが許されるというか、憎まれ口を何かで吸収してしまえるような信頼感があるとき、そこに不思議な輝きが宿る。安心感に似た温かさが宿る。
憎まれ口を「嫌み」と坂多は言っているが、嫌みをいいながら、自分の本音をつたえる。そういうことができるのは親子だからだねえ。
最近(といっても、もう3か月ほど前になるかもしれない)見た映画に、韓国の「牛の鈴」という作品がある。おじいさんは老いた牛を大事にしている。おばあさんがそれを見ながら「わたしのことなんかちっとも気にかけてくれないで、おいぼれた牛ばっかりせわして」「役立たず」というようなことを言う。その「嫌み」というか、怒鳴り散らしは、けれどとても温かい。おじいさんの牛にかける愛情もよくわかっているし、おばあさんも牛を愛している。怒鳴り散らしながらも、嫌みをいいながらも、そうすることで自分自身を解放している。「気持ち」を体のなかにため込んで、そのために苦しむということがない。そういう明るさ。温かさ。
そこにあるものは、あるいは「甘え」ということかもしれない。「わたしの方が一生懸命働いているのに、気にもかけてくれない。おいぼれ牛の方がわたしより大切なのか」というのは、「わたしをもっと大切にして」という「甘え」の裏返しの表現である。
「甘え」というのは大切なものである。「甘え」というのは、ある意味で「助け」を求めるということだけれど、その「助け」を求めるということは、相手を信頼しているということである。どうなってもいいから、なんとかして。どうにかなるように、なんとかして。
それは、自分を放り出す。相手に差し出すということを含んでいる。
それに似た何かがある。私は坂多瑩子も知らないし、その母親も知らないけれど、あ、二人とも「気持ち」を自分のなかに閉じ込めて、そのために「とどかない」人になってしまうのではなく、いつでも「気持ち」を自分の外に出して、とどきあっていた人なのだとわかる。あるいは、「とどけあっていた」。
どんなに離れていても、とどく、そういう関係。
だから、ほんとうにとどかない距離、生きている人間と死んでしまった人間になっても、「とどく」を生きることができる。
わたしが眠ると
待ってましたとばかり
うろうろしている
あっ
ころんだ また
この最後、終わり方がとてもいいなあ。
せっかく眠ったんだから、ちゃんと眠らせてよ。心配させないでよ。と「嫌み」をいいながら、それでも、心配で見ている。生きていたときと同じように、母は死んでしまっても、うろうろして、転ぶ。それを見て、「あっ」と叫んでしまう。「また」と言ってしまう。
その声、きっと、亡くなった坂多のおかあさんにとどいている、と感じる。「いいじゃない、ころんだって、年寄りなんだから。おまえは、ほんとうに冷たくて嫌みな娘だねえ」なんて、振り返っておかあさんは言うかもしれない。
いいなあ、この発展性のない(?)会話。
発展性のない--というのは、へんな言い方だけれど、日常の、愛、というのは発展しない。いつも、いつものまま、そこにある。かわりがない。変化しないのが、愛、なのだ。しみじみと思ってしまう。
「立ち話」にもへんなところがある。言ってはいけないことを言ってしまう、そして、それが言えるという不思議な「人間」の広さがある。そこでも、何かが「とどいている」。何が「とどく」なのか--それは、きっとだれにも言えない(少なくとも、私は、まだそれを言うことができない)。
献体を申し込んできたと
八十七歳になる一人暮らしの隣人が言った
死んだらすぐに行かなくちゃならないから
とても忙しそうな顔をして
近所には内緒だそうだ
葬儀は身内だけで簡単にすませると言う
たしかに
献体は
新鮮さがいい
そうしなさい
ある朝 そうしゃべった
「死んだらすぐに行かなくちゃならないから」って、どこへ行くんだろう。「天国」かな? この世ではなく、あの世へ、すぐに行かなければならないのか--そうか、ぐずぐずしていてはいけないのか。と、私は、なぜか感心し、不思議に納得してしまう。
坂多も納得したのかな?
坂多が実際に感じたことは、よくわからない。よくわからないのだけれど、その「すぐに行かなくちゃならない」に対して、引き止めるでもなく、「献体は/新鮮さがいい/そうしなさい」と言うところが、いいなあ。
納得を通り越して、後押ししている。
献体をすすめることは、死ぬことを後押しすることになってしまうのだが、死ぬというのはとても苦しくて大変だから、こんなふうに後押しされることを、ひとはもしかすると望んでいるかもしれない。
ちょっと余談。ほんとうにあった話。
あるひとがいまわの際で苦しんでいる。なかなか死ねない。死なない、というより死ねない。だれもがどうしていいか、わからない。そのとき、あるひとが「もうすぐだからね、がんばってね」と励ました。すると、その声を聞いて、そのひとは、すーっと息を引き取った。
死ぬ人を励ます--というのはへんなことだけれど、きっと励まされなければだれも死ねないんだと思う。
坂多は、そういうことを、自然に知ってしまっているのかもしれない。