登山で登りが楽か?降りが楽か?と聞かれたならば大方の人は登りが楽だと答える。
登りが重力に逆らうのに対し、降りは重力を味方につけるからだ。
だが怪我や道迷いの可能性が高いのは登りではなく降りの方だ。降りでは筋肉がサポートできる以上の負荷が膝やくるぶしにかかり、用心していないと関節を痛める可能性がある。
分岐点などで間違ったルートに入ってしまう可能性が高いのも降りだ。降りでは勢いがついているので、道標等を見落としてしまうことがあるからだ。ルートを間違えた場合、元に戻ればよいのだが、「このまま降れば里にでることができる」などと谷筋に迷い込み事故につながる場合もある。
総じて登山では登りよりも降りの方がスキルがいるのである。
上野千鶴子さんは「男おひとりさま」の中で「これまで人生の上り坂のノウハウはあったが、下り坂のノウハウはなかった」「上りより下りの方がノウハウもスキルもいる」と書いている。
もっとも現在では「エンディングノートの書き方」など「終活本」も増えているから世の中にノウハウは蓄積し始めている。しかしそのノウハウの内自分に合うものを見つけ「降り上手」になるには叡智が必要だろう。世の中にはとんでもないノウハウ本もあるからだ。
ところで山の降りと人生の降りでは共通点も多いが大きな違いもある。
違いの一つは「登山では終着点がはっきりしている」ことだ。一方人生の降りでは終着点がはっきりしない。死は最終的な終着点だがその前に記憶力や意思能力を失うこともあるし、身体能力を著しくそこなうこともある。第一いつ死ぬかを予想することは不可能だ。
人生の降り坂の難しさは自分で終着点(目標)を設定することの難しさと言っても良いだろう。
もう一つの違いは人生の降りでは時間の経過とともに確実に能力やエネルギーが乏しくなっていくということだ。
登山で降りの方が事故が多い原因の一つは疲労が蓄積してくることがあげられる。疲労が蓄積し注意力が散漫になったり、筋肉のふんばりがきかなくなるからだ。ただし登山のベテランになると、最後まで力を残しておくようにペース配分することで疲労リスクを回避することができる。
ただし人生の降り坂ではそこまでペース配分をすることは難しい。老後のために資金を取っておくなどある程度のリスクヘッジ手段はあるとしてもだ。
登山では同じ標高差を降るにしても、距離が短く傾斜のきついルートと距離が長く傾斜がゆるいルートを取ることができる場合がある。参詣登山の多い山では前者を男坂、後者を女坂と呼ぶことがある。
降りに自信がない場合は女坂を時間をかけて降る方が良い。降ると決めたなら時間的余裕をもって、足をいたわりながら、道を確かめながら確実に降るのが良い。これは山登りにも人生にも共通することだ。
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