先週金曜日に623ポイント(2%)下落したNYダウ。日曜日(米国時間)のNYダウ先物も200ポイント以上下落している。
金曜日米国政府は、中国からの輸入品2,500憶ドル相当について10月1日より関税を30%(25%から)に引き上げ、3,000憶ドル分について15%(当初予定は10%)に引き上げると発表した。これは中国が750憶ドルの米国からの輸入品に追加関税を課すと発表したことに対する報復措置である。
またトランプ大統領は「中国に生産拠点を持つ米国企業に中国以外に拠点を移すことを考えるべきだ」と述べていた。
昨日(日曜日)トランプ大統領は「自分が望めば、米中貿易摩擦を国家非常事態と宣言することが可能だ」と述べた。
国家非常事態が宣言されるとIEEPA(国際緊急経済権限法)により、大統領は企業を相手国(この場合中国)から退去することを命じる権限を有すると解釈される(反対意見もあるようだが)ので、米中間が益々エスカレートする可能性が高まったという見方が広がった。
これが日曜日のNYダウ先物続落の背景だろう。なおトランプが実際に国家非常事態を宣言するのか?交渉を有利に進めるためのブラフなのかは分からない。ただし脅しの積りが実際の紛争になるということはしばしばあるところでこの先見通しは立たないというのが正しい判断かもしれない。
昨日商務省が発表した4月の小売売上高は前月比0.3%の伸び(除くエネルギー・自動車)を示した。エコノミストの中には、ガソリン価格の上昇で個人消費が抑制されるのではないかと懸念する人もいたが、米国の個人消費は底堅いことが改めて確認された。賃金の上昇が堅調なことと税制改正による減税で消費余力が高まっていると考えられる。
またニューヨーク州の工業生産の調査指数が予想以上に改善し、7年ぶりの高い水準に達したこともインフレ予想を高めた。
この結果米国債は売られ利回りは上昇し、3.08%に達した。
一方株は売られダウは193ポイント(0.78%)下落。8日連続の上昇相場は流れを止めた。8日も上昇が続くと買い疲れがでるから、相場の冷やし時だったのかもしれない。
米国の金利上昇に伴い、ドル高が進行。ドル円レートは110円を超えてきた。
月曜日にニューヨーク連銀が発表したインフレ予想値は3月の2.8%を上回る3%となった。内外金利差から考えてしばらくはドル堅調が続きそうだ。
「昨日(1月31日)富士フイルムが米国のゼロックスを買収すると発表した」記事は朝刊の紙面を賑わしている。
日経新聞の記事のポイントを抜き出してみよう。
- ペーパーレス化が進み需要減に苦しむ1906年創業の名門米ゼロックスを、かって技術支援を受けた富士フイルムHDが主導して再建する構図だ。
- (プロセスは省略して)富士フイルムがゼロックスに50.1%出資する
- 富士フイルムとゼロックスの売上を単純合算すると3.3兆円に達するが、その内コピー機や印刷機の販売が3分の2を占める
- ペーパーレスが進む先進国では需要減に直面する
WSJは次のように書いていた。
- 富士フイルムの小森CEOは「コピー機市場は成熟した市場で売上高は毎年2%減少している。しかし成長市場はある。それは中国とインドだ」と述べた。
- だが投資家は懐疑的である。昨日富士フイルムの正式発表前に同社の株価は8.3%下落した。昨日の朝WSJが買収話を報じたからだ。
- 東海東京調査センターの石野アナリストは「私は成長する方法はあると思うが、同社がそれを見出せるかどうかは定かではないと思う。これは食糧不足の中で恐竜を大きくするようなもだ」と述べた。
石野アナリストのコメントの後半は原文ではIt's like dinosaurs getting bigger when food is scarece.
Dinosaur恐竜には「巨大で扱い難い時代遅れなもの」という意味がある。
中国やインドが経済成長を続けることは間違いないが、それに比例して紙の使用量が増えるとは考えない方が良いだろう。
日本ではファックスはビジネスの第一線でも使われているが、アメリカでは「ファックス機が見たければスミソニアン博物館に行け」という言葉があるそうだ。
コピー機や印刷機がファックス機のように博物館行になるとは思わないが、ビジネスの世界では「如何に紙への出力を減らすか?」ということに頭を使っている。ビジネスプロセスの改善は「少紙化」を推し進める。
直観的にはクエスチョンマークがつく買収話ではないか?と思う。
今週は週半ばに某所で「相続学の学問領域」という話をすることになっている。学問とは余り縁のない私が「学問領域」などと大袈裟なタイトルで話をするのは随分夜郎自大なことだと少々自分でも呆れている。
それにそもそも「相続学」などという学問分野があるのか?という基本的な疑問がある。巷間〇〇学などというタイトルで本が出版されることも多いが、〇〇学の「学」は「知恵」とか「ノウハウ」程度の意味で使われていることが多い。本当の学問となると「ある問題を解決するための体形的な理論」ということだろうから「体系」が必要であろう。「相続学」にこの体系~つまり骨格のようなものが備わるかどうかは今後の専門家の努力にかかわっているのかもしれない。
ところで相続が一般的にある程度の財産を持った高齢者の問題であるとすれば、より一般的に高齢者の問題を考えるジェロントロジーという学問分野がある。日本語では「老年学」「加齢学」というそうだが、老年・加齢というとややマイナスのイメージを伴うようでジェロントロジーGerontologyという英語がそのまま使われることが多いようだ。
数日前の日経新聞には野村證券の水野晋一執行役員の「野村証券は『ファイナンシャル・ジェロントロジー(金融老年学)に注目している」という言葉が出ていたがこれもその一例だろう。
ジェロントロジーというのは1970年頃から米国で飛躍的に発達した学問分野で今では本当の学問分野として確立しているそうである。
ジェロントロジーが目指すところは恐らく「よりよい老後を迎え人生を活き切る」ことにあると私は考えている。
仮にそうだとすると、このような考え方は昔から日本にあった。典型的な言葉としては江戸後期の儒学者・佐藤一斎に次の言葉がある。
「少(わか)くして学べば、則ち壮にして為すことあり。壮にして学べば、則ち老いて衰えず。老にして学べば、則ち死して朽ちず」(言志晩録)
中年時代に勉学に励めば老年になっても衰えることはない、老年になってもなお学び続けると死んでもその名は朽ちないということだろう。
また佐藤一斎は「血気には老少ありて、士気には老少なし」とも述べている。つまり学ぼうとする心意気に年齢による差はないということだ。
よりよい老後を送る一つの方法はチャレンジを続けることではないだろうか?寿命には色々な寿命がある。一番一般的なのは「肉体の寿命」だが最近では「健康寿命」ということも注目されている。ファイナンシャル・ジェロントロジーでは「資産寿命」を伸ばすということが命題になっている。加えて私は「好奇心寿命」とか「チャレンジ寿命」というものがあると考えている。そして「好奇心寿命」や「チャレンジ寿命」が「健康寿命」や「資産寿命」を伸ばすエネルギー源だろうと考えている。
さて相続の目的は何か?というとこれは人よって色々意見が分かれるところだが私は「自分が残す財産に自分の思いを伝える」ことだと考えている。キーワードは「思い」=志と「財産」である。財産だけあって志がない、あるいは志を伝える方法が欠けている場合は「思い」は伝わらない。そして悪い場合は相続人間の争いを招く。
相続学が学問分野になるかどうかは根本にこのような哲学を据えることができるかどうかにかかっていると思うのだが、果たしてその思いがセミナーで伝わるかどうかは分からない・・・・