詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

豊原清明「数枚シナリオ 痛い門出」

2008-11-23 09:24:11 | 詩(雑誌・同人誌)
豊原清明「数枚シナリオ 痛い門出」(「白黒目」14、2008年11月発行)

 「数枚シナリオ」とは文字通り数枚のシナリオである。映画のためのシナリオである。数枚だから、ストーリーの大きな流れはない。ある一瞬の描写があるだけだ。けれど、これがとてもおもしろい。
 2つめのシーン。

○吉村藤吉の表札(一軒家)
   ゆりかが庭でチリ取りを持っている。
ゆりか「何ですか」
英「なつかしいなあ。ゆりちゃんでしょ。ホラ、カラオケ屋で毎日生活していただろ。ホラ 何だったかなあ あの唄」
ゆりか「(笑って)英ちゃんでしょ」

 昔(高校時代、とその前のシーンには説明がある)付き合っていた「彼女」との再会。ふたりはともに31歳という設定だから15年ほど時が過ぎ去っている。そのふたりが会って、ふいに「過去」を思い出している。共有する「思い出」があるので、「ホラ」とか「何だったかなあ」だけで通じる。そういう状況を、せりふそのものとして引き出してくる。これは簡単なようでいて、なかなかむずかしい。
 他のシーンもそうだが、登場人物の「過去」を、豊原は具体的に書いていない。映画を想定して、そのときの役者の肉体にまかせてしまっている。役者はそれぞれ肉体を持っていて、肉体を持っていると同時に「過去」も持っている。「肉体」は「過去」から出来上がっている。その「過去」にまかせきっている。
 豊原がいったい役者の誰を想定して書いているのかよくわからないが(たぶん、豊原自身と、実際の「彼女」自身だと思うが)、この短いせりふのなかには、きちんと「過去」がある。「過去」を感じさせることばの不思議な生々しさがある。

 最後のシーンの、ふたりのやりとり。

ゆりか「時たま会いに来てね。時たま、いっしょにカラオケ行こう。
 あたし働いていないのよ。する事なくて一回 やくざとも付き合ったんだけれど…」
英「(目を細めて)ほんま、くるしいなあ。」

 あ、いいなあ。「ほんま、くるしいなあ。」の未来を断ち切るような「過去」の噴出のさせ方。「現在」を「過去」がぶち破って、「未来」が「現在」に侵入して来ないようにする。その「過去」と「現在」の固い結びつき。「現在」がたたき壊されているにもかかわらず、そこに強い結びつきがある。そういう結びつきを具現化する口語。口語の肉体。この後、ふたりはふいに死ぬ。それしか方法がない、ということが、たったこれだけのやりとりで、くっきりと伝わってくる。
 これは、すごい。

 豊原は詩人としても俳人としても強烈だが、散文を書くともっとすごいことになる。そういう予感がする。





夜の人工の木
豊原 清明
青土社

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リッツォス「証言B(1966)」より(15)中井久夫訳

2008-11-23 00:27:32 | リッツォス(中井久夫訳)
小道具   リッツォス(中井久夫訳)

もう何もすることがなかった。彼はこれでよしとする。陽は美しく
大きく輝き、島は影である。
彼は五階に登る。水差を見る。
つややかで、断固透明である。無論知っている、
下の歩道では黒い西瓜の種が吐き散らされ、
陽に乾いているのを。
女が一人、通りの向うのシャッターの陰から覗いている。
鏡の光が彼女の周りにちらちら戯れる。
彼女の片手は金色、もう一方は赤。



 これはギリシアの真昼。自然の美(宇宙の美)と人間の暮らしが対比される。歩道の西瓜の種は暮らしのだらしなさを象徴している。人間の生活の汚れを象徴している。しかし、それがあるからこそ美がより強烈に響く。

つややかで、断固透明である。

 この「断固」が強い。すべての汚れをはねつける。真昼の太陽そのものである。剛直で鋭い。
 この「断固」たる美に匹敵するものを、彼は知っている。人間の暮らしのなかにあることを知っている。歩道に西瓜の種がまき散らされているのを知っているのと同じように知っている。
 通りの向こうに住む女。
 そして、彼は見られているのも知っている。互いに見つめ合っている。覗くようにして。見られていることを知っているから、女は手に何かを持っている。この何かをこの詩は書いてはいない。書かないことによって、読者に、その美の完成をまかせている。

 さて、どうしよう、と私は悩む。
 「金色」。これは産毛だろうか。腕の産毛が真昼の光を受けて輝いている。「赤」は? 西瓜? 西瓜だとしたら、食べている姿を見せていることになる。これは、非常に色っぽい。彼女は、西瓜を食べながら歩道に新しい種をまき散らす。その口の動き。唇の動き。見られていることを知っている目の動き。とても、色っぽい。


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